第79話



スマートフォンを手にして公園のベンチに腰を掛けている男がいる。
ノーネクタイのスーツ姿。傍らにはブリーフケースもある。装いは明らかに会社員。
鞄と一緒においてあったコンビニ袋に手を突っ込んでパンを取り出した彼は、それを齧った。
いまは平日の出勤時間。
この公園を一歩出ると、すぐそこにあるのが霞が関。そこには彼と同じような姿形の人間が重苦しい顔をして忙しなく出勤中。
いまのここと向こうでは明らかに時間の流れ方が違う。そして聞こえる物音も。
彼はときおり聞こえる小鳥のさえずりを耳にし、全身で朝の清らかな空気を感じていた。

携帯電話が震えた。
パンを頬張った彼の口の動きは止まった。
画面を指でスクロールしながら彼の口から声が漏れた。

「これ…マジかいや…。」

パンを飲み込んで彼はしばらく呆然とした。そして天を仰いだ。

「どうする…マジでやばいぞ…。」

ふと向こう側に男の姿が見えた。
キョロキョロとあたりを見回しながら、何かを確かめるような足取りで進む彼の手には雨傘がある。
本日の東京の天気は晴れ。降水確率は10%。大気中の湿気も少なく、その空気は澄んでいる。
男の持ち物はこの場に似つかわしくない。

「丁度いい。ぶつけるか。」

ベンチにかけていた彼は咳払いをした。

「ごほん。」

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「あ。」

ベンチに掛け、何かを齧っている男の姿が三波の目に入った。

「あれだ。間違いない。」

ベンチの側まで近づいて三波は何気なく彼と隣り合うようにそのベンチに座った。

「片倉さんですね。」

するとベンチにかけている男は目も合わさずに口を開いた。

「目立つな。」
「あ、これですか。」

三波は雨傘を指差した。

「やってしまいました…。東京はしばらくの間、ずっと晴れみたいですね。こりゃ随分浮く。」
「だな。」
「って言ってもこれ、使い捨てとかじゃないですし、適当にそこらへんに放置していくわけにもいきませんし。」
「コインロッカーとかだと、やっぱりそんな長いやつは無理か。」
「そうですね。無理っぽいです。」
「でも、どうにかしろよ。それ。目立って仕方ねぇわ。」
「じゃあ、片倉さんのところで預かってもらうっていうのは無理ですか。」
「は?」

声色が変わったのを察知した三波はとっさに前言撤回した。

「すいません…。冗談です。」

この三波の変わり身の速さに片倉は呆れた表情を見せた。

「黒田からざっくりとした話は聞いとるよ。曽我のこと知りたんだってな。」
「はい。」
「携帯。」
「え?」
「ちょっと携帯見てろ。」

片倉に言われたとおり、三波は自分の携帯を手にした。するとそこにピア・ツー・ピアで写真が送られてきた。
受信が完了するとそれはそのまま開かれた。

「(´ж`;)ォ・・ォェッ・・・。」
「曽我殺しのホシのコロシの現場。」
「曽我殺しのホシのコロシ?」
「ああ。」
「え?ホシですか?」
「そ。」
「ホシが殺されたんですか?」
「うん。」
「なんで?」
「わからん。」
「ってかい…いいんですか。こんな写真俺がもらって。」
「いい。こいつは30分で消える。」
「え?自動で?」
「ああ。」

顔を手で擦って、三波は改めて表示される画像を見た。

「首ぱっくりですか。」
「ああ。実は曽我については殺される前からこっちのほうで尾けさせとったんや。」
「尾ける?」
「うん。ウチの別働隊にな。あいつの身の安全を図る意味もあっていや。ほやけどやられた。」
「…公安特課の尾行の目をかいくぐる手練の仕業ということですか。」
「うーん…目をかいくぐるって言うよりも、状況から見るに多分先回りされたんやと思う。」
「先回り?」
「ああ。向こうの手ぇ打つタイミングがこっちより一歩先やったって感じやと思う。」

三波は携帯をしまった。

「それにしても随分段取り良いんですね。」
「ほうねんて。」
「石川で天宮が殺されたと思ったら、弟子筋の曽我もついでに始末。で、それを実行した奴も即効で消す。完全にプロの案件。」
「まあな。」
「特高は曽我のこと尾けてたと言いましたね。」
「ああ。」
「普通じゃないですね。このコロシ。」
「まぁウチが動いてんだから普通のヤマじゃねぇわな。」
「どんなヤマなんですか。」
「なんじゃその雑な質問。」
「だって…公安マターってはっきりいってわかんないことだらけなんで、何を聞いていいかわかんないんです。」
「あの…あんた、黒田の右腕ねんろ。」
「はい。」
「もうちょっとほら、まずは挨拶程度に自分、いまこんなネタ持ってんですけどこれってどうですかね片倉さん的な様子伺いの質問くらいしたらどうなん?」
「あ…。」
「あ…って…。」

この三波という男、娘の京子の直属の上司だと聞いている。
彼の片倉に対する雑な接し方を見て、普段の娘もこのような仕事の仕方をしてるのではないかと、片倉は一抹の不安を感じた。

「小早川干城という人物とこれから接触しようかと思ってるんです。」
「小早川干城?」

ここで片倉ははじめて三波と目を合わせた。

「どうしました?」
「小早川…干城…。ちょ…待ってくれ…。なんか覚えある…。」

片倉は目を瞑った。
自分の記憶を辿る。どこかでこの名前に触れた。しかし覚えているのは知っているということだけ。どこでどういった形でこの名前に触れたのか一切を思い出せない。

「東京第一大学、脳神経外科准教授。天宮憲之の一番弟子。」
「え?天宮の弟子?」
「はい。」
「あ!」

突如大きな声を出した彼は鞄に手を突っ込んだ。
そして一冊の本を取り出して、その背表紙を見る。

「小早川干城著。」
「え?」
「小早川干城著、天宮憲之監修。MKウルトラ異聞。」
「え…なんです…その本。」
「おい、あんたなんでこの小早川のところにこれから行くんや。」
「え…。」
「どんな理由でこいつんところに。」

三波の様子お構いなしに詰め寄る片倉の様子に彼は戸惑った。どうしてこうも小早川に食いつくのか。名前すらも思い出せなかった男の存在に。

「あんた、小早川のことなんか知っとるんか?」
「い…いえ…これからですよ。」

三波としてはただ純粋に天宮と曽我、この両名と直接的な接点を持つ小早川に、今回の両名の死亡の件について何かネタになるものを引っ張り出せないかと思って東京にやってきた旨を片倉に告げた。

「ほうか…ほんだけか…。」
「ええ。ってかそれ…。」
「うん?」
「その本なんです?」

三波は片倉の手にする本を指差した。

「これか?」
「はい。」

片倉は急に黙った。

「トシさんの仰るとおりの胡散臭さ全開のオカルト話の詰め合わせや。ほやけど一点だけ読むに値する箇所があってんわ。」
「何やそれは。もったいぶらんと教えてくれ。」
「瞬間催眠。」
「瞬間催眠?」
「ああ。曽我のやつご丁寧にこの本の色んな所にマーカーしとってな。そん中にこの瞬間催眠ってワードがあった。」
「まんまオカルトな話やけど…。瞬間催眠って…。」
「トシさん聞いて驚くな。この催眠術、相手を瞬時に自分の意のままに操ることができる瞬間的な催眠なんやって。」
「なんやって…。」
「まさに鍋島能力ってわけや。」67

「まさか…。」
「え?」
「まさか、まさか、まさか…。」
「え…今度はどうしたんですか片倉さん。」
「あんた三波さんだったよね。」
「は、はい。」
「小早川のところにこれから行くんやったら、そいつから聞いた話の中身後でおれに教えてくれんけ。」
「へ?」
「その代わりあんたにはもっと大事なネタをやるよ。今この場で。」
「どどど、どういうことですか。」

片倉が再び携帯を見るように言ったのを受け、三波はファイルを受信した。

「なんです?この表計算のデータ。」
「世の中のネット動画を無作為に抽出、そん中からサブリミナル効果を期待する映像を引っ張り出した。」
「え!?」
「見てくれ。あんたのところのコンテンツ結構引っかかっとる。」
「なんだって!?」

三波は表を見る。
番組名、配信者、コンテンツ名、サブリミナル映像挿入箇所と言った具合に、世の中のどういった動画のどの部分にサブリミナル効果を期待する映像が挿入されているか一目瞭然になる表だ。
この配信者の欄にソートをかけると、ちゃんフリ配信のコンテンツがずらりと並んだ。
その数100を下らない。
この現実を前に三波は言葉を失った。

「何をこんなに…。」
「中身は見んほうが良い。」
「え?」
「って言ってもあんた中の人やからそこいらの人より知らん間に見とるやろうし、今更な感じすっけど。」
「いや…そんな今更見て見ぬ振りなんてできません。」
「ぶっ壊せ。」
「え、それ。」
「聞いたことある?」
「まさか…それは…あれですか。最近全国各地で起こってるテロまがいの事件の犯人が口にしてる…。」
「多分な。」
「まさかこれがきっかけで…。」
「因果関係はわからん。今さっき入ったネタやし。」

三波は信じられないという表情で携帯を覗き込む。

「これは…小早川どころじゃなくなってきた…。」
「そいつは困るよ。三波さん。」
「はい?」
「このサブリミナルのことに関しては俺の方から黒田にチクっとくから心配ない。あんたは小早川を洗ってくれ。」
「しかし…。」
「心配ない。あんたの手柄にしておくよ。」
「自分の手柄?」
「ああ。あんたが小早川の名前をポロッと言ってくれたおかげでひらめいたんや。あんたの手柄や。」
「は、はぁ…。」
「一瞬、あんたが京子の上司であいつこんな上司の下で邪魔ねぇんかって思ったけど、さすが黒田と同じちゃんフリ創業メンバーや。イイもん持っとりますね。」
「いや…。」
「三波さん。これからもウチの娘よろしくおねがいします。」

片倉は三波に向かって頭を下げた。

「ちょ、ちょっと…。」
「曽我の件ですが、これは非常にデリケートなヤマになりそうでしてね。」

頭を上げた片倉は話をもとに戻した。

「デリケート?」
「はい。」
「今んところ非科学的な要素を多分に含んどってね…。」
「その…片倉さんがいま手にしてる本のことですか。ひょっとして。」

この三波の言葉にうなずいた片倉は彼に向かって静かに口を開いた。

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