第80話



「え?サブリミナル?」

携帯のマイク部分を手で覆って、周囲の人間に聞こえないように黒田は小声で通話を続ける。

「うん。そのリスト送ったからちょっと見てくれんけ。」
「は、はい…。」

メールを確認した黒田はそこに添付されているファイルを開いた。

「本当ですか…これ…。」
「面食らうやろ。その多さに。」
「は、はい…。」
「ちょいその中のどれかを一回確認してみてくれんけって言いたいのは山々ねんけど、それはせんといて欲しいんや。」
「なんでですか。」
「確認するお前がそのサブリミナルの餌食になる。」
「あ…。」
「このリストは人の手で作っとらん。所謂AI的なあれに抽出してもらった。こいつの影響を最小限にするためにな。」
「その…サブリミナルなんですが、どういった内容のもので?」
「すでに結果が出とる。」
「結果?」
「おう。ほら最近全国でやたらテロまがいの事件起こっとるやろ。」
「はい。」
「その被疑者のほぼ全てがぶっ壊せとかぶっ潰せって言っとるのは知っとるか。」
「はい。」
「それや。」
「まさか…。テロを誘発させる内容のものなんですか。」
「こいつが直接的な原因なんかは科学的に証明はできん。でも結果が出とるんや。」
「でも…。」
「黒田。」
「はい。」
「科学とかは正直今の所どうでもいいんや。そんなもんこの段階ではただ自分の考えを正当化するための呪いみたいなもんやからな。」
「はぁ…。」
「いいか、もう有事なんや。」
「有事…。」

「有事対応だよ。デスク。」78

黒田の頭の中に社長の加賀の言葉が流れた。

「で、俺はその有事にどう対応すれば。」
「そいつを流し込んどる奴のガラを抑えろと言いたいところやけど、それはそれで証拠固めんなならんから時間がかかる。まずこのサブリミナルの悪ぃ影響をこれ以上広げんために、そのリストの中のやつをお前んところのアーカイブから消し去ってほしいんやわ。」
「全部ですか?」
「ああ全部。」
「でもそんな事すると犯人にすぐ感づかれますよ。」
「いい。逆にそいつの動きがおかしくなるからあぶり出しにもなる。」
「確かにそうなんですが…。」
「どうした?」
「いや、ほら急にウチのアーカイブが見れなくなったら、それはそれで一般のユーザーに迷惑が…。」
「黒田。」
「はい。」
「いまのこの状況が迷惑を掛けとるんや。ユーザーに。」

信頼できる片倉の言うことだ。仮に彼の見立てが誤りであったとしても、一時的に動画の配信が滞るのは大した問題ではないだろう。しかしそれが長期間となるとちゃんフリの運営に支障をきたすことになってしまう。動画についてくる広告収入はちゃんフリの重要な収入源の一つだからだ。

「再配信できる目処は。」
「わからん。」
「それは困ります。」
「だら有事や。」
「有事といっても俺らも食ってるんです。これで。」
「…確かに。」
「なんとかできませんか。」
「金ってことやな。」
「はい。」

片倉はしばらく黙った。

「約束はできんけど最大限やってみる。」
「そんなあやふやなもんで、糧道断てません。」
「…わかったまかせろ。」
「…根拠になるものは。」
「後で提示する。んでお前が俺を信じられると思った段階ですぐに配信を止めてくれ。」
「なんですそれ?」
「とにかくそこで判断してくれ。
「…わかりました。」

電話を切った黒田はすぐさま席を立った。

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「なに?」
「どうしましょうか。」
「…急だな。」
「はい。」
「でもそれが本当なら…。」
「とは言え、ウチはこれを一方的に配信止めるとなると収入源が絶たれます。この要請をそのまま善意で受け入れられる資金的な余裕はウチにはありません。」

車を運転しながら加賀は黒田との通話を続けた。

「とにかくそのネタ元がウチの資金面の問題をクリアする何らかの方法を提示するんだろう。」
「はい。」
「それはそれで待つしかない。」
「ですね。それを社長と確認したかったんです。」
「1日や2日だけ止めてくれって言われるなら、俺の権限でどうにかするが、無期となるとそれは無理な話だ。」
「はい。」
「他には何か言ってなかったか。」
「社長と同じこと言ってました。」
「同じこと?」
「はい。」
「なんだそれは。」
「有事だと。」
「有事…。」
「社長。何なんですか。何が起こってるんですか。」

加賀はため息をつく。

「デスク。俺にもよくわからんのだ。」
「はい?」
「ただ公安マターではなくなりつつあることだけはわかっている。」
「公安マターではなくなりつつある?」
「デスクのネタ元は公安特課だろ。」
「あ、はい。」
「あえてデスクのネタ元の特定はしない。だからデスクも俺のネタ元の特定はしないでくれ。」
「はい。…ということは。」
「そうだ。俺も何かしらの形で公安特課なるものと接点を持っている。」
「その公安特課から有事との言葉を聞いたと。」
「公安はあくまでも犯罪を水際で食い止める仕事を担っている。その中の人から有事対応だとの言葉が出るということは…。」
「もう公安の手には負えない状況になってきている。」
「おそらく。」
「とするとこれからどうなるんですか。」
「いまデスクが言ったように、サブリミナルを利用して、その視聴者に何らかの悪影響を与えている程度だとすると、有事法制上、それを緊急対処事態として認定はしにくいだろう。あまりにも非科学的で雑駁な状態だからな。」
「はい。」
「つまり実際は有事状態を平時対応でなんとか切り抜けねばならん。」
「そこで我々のような民間企業に要請ですか。」
「そういうことだ。」
「なんだそれ…。」
「法律の限界だよ。強制的に国民の権利の制限をするなんて、我が国では認められていない。」
「しかし緊急事態なんでしょう。」
「それ緊急事態って誰がどうやって決めるんだ?」
「あ…。」
「もしもそれが時の為政者の独断でできるようだったらそれこそまずいだろ。」
「はい…。」

着信バイブの音

「あ、待て。キャッチだ。…来たか。」
「どうしました。」
「銀行だよ。」
「銀行?」
「デスク。止めてくれ。」
「いいんですか。」
「ああ。止めて安井君の様子を観察してくれ。」
「はい…。」

黒田との電話を切った加賀はその電話に出た。

「はい。」
「お久しぶりです社長。」
「お久しぶりです。小堀頭取。」

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