116 第104話

3-104 .mp3 金沢郊外のとあるテナントビル。 その中のひとつの扉には一枚の紙が貼られていた。 「体調不良のためしばらくの間休講とさせていただきます。」 この貼り紙をみた塾生たちは皆、それをスマホで撮りどこかに送っている。 その場で親に電話で連絡を取るものもいるし、これ幸いと友達と遊びに行く連中もいる。 その行動は人それぞれだ。 事前に案内が出ていなかったのだろう。皆、驚きを隠せない様子だった。 「千種の死を受けて急の休み。(゚ν゚)クセェな。」 踵を返した古田は外に出た。 ここ数日振りっぱなしだった雨がようやく上がったようだ。 濡れた地面に街灯の明かりが反射して、キラキラと輝いて見える。 こころなしか空気もいつもより澄んでいるようだ。 しかし彼の心はそれとは対照的に晴れない。 「っても、今のワシには空閑を追う術がない…。」 携帯が鳴る。 ちゃんねるフリーダムの加賀からだ。 「すまんな…。いまは電話に出る気になれんわ。」 着信音が切れる 近くに止めてあった自分の車に乗り込んだ古田はため息をついた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「しばらく休暇をとれ?」 「はい。」 「なんですか突然。」 「業務に支障が出てまして。」 「なんで?」 「古田さんお疲れでしょう。」 「いいえ。疲れてなんかいません。」 「いや疲れとる。」 「なにが。」 「あの、さっきも同じやり取りしてるん…

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115 第103話

3-103.mp3 「どうしたんですかヤスさん。」 「三波の居場所がわかったぞ黒田。」 「え!?どこですか。」 「家だよ。」 「家?」 「自宅で引きこもってる。」 「は?」 「なぁあいつの住所ってどこだよ。俺行くから。」 突然の電話と三波の情報、黒田は状況を飲み込めないでいた。 彼の前に座る加賀はそのまま続けろと合図をする。 「住所って言われても俺もあいつの家なんて知りません。調べて俺が行きます。」 「いや俺が行く。」 「何言ってんですか三波は俺の部下です。俺が行きます。ヤスさんは会社に戻ってください。」 「なんでだよ。俺が引っ張ってきたネタだ。俺がやる。」 「ヤスさんはヤスさんの仕事があるでしょう!」 「…。」 「ヤスさんは制作の頭なんだから。そこを仕切るのが本文じゃないですか!」 「なんだよ!俺が突き止めたんだぞ!」 「三波は家になんかいませんよ。」 「は?」 「あいつはいま大学病院です。」 「だ…い…がく病院?」 「はい。救急車で搬送されたみたいです。さっき石大病院から会社に連絡ありました。」 安井は言葉を失った。 「命に別状はない状態のようですが、しばらくは入院しないといけないようです。」 「…なにがあった。」 「わかりません。詳しい様子を聞いていませんので。」 「お前はいま病院にいるのか。」 「いや。病院からは来られても困るということで、会社で待機しています。一応、三波の親御さんにも連絡はしました。」 「いつ…

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114 第102話

3-102.mp3 「どうです。気分が悪いとかありませんか。」 「まぁ…。」 「頭痛はまだあると聞きましたが。」 「はい。」 「どんな感じの頭痛ですか?」 「…突然、頭の奥深くからズキンと来る感じです。」 「あぁ…。」 ーなんだこのやり取り。無表情だけど普通じゃん。片倉さんから聞いているコミュ障って話と違うぞ。 「詳しい検査をしないことには頭痛の原因はわかりません。明日、検査しましょうか。」 「はぁ。」 「いまは検査できる人間がいませんので、明日MRI撮りましょう。それまで三波さん。こちらでお休みください。」 「あ…でも…。」 「お仕事ですか?」 「はい。」 「死にたいんだったら行ってもいいですよ。」 「はい?」 「死にたければこのまま退院してもいいですよ。」 「え?それ…どういうことですか。」 「殺されるってことです。」 突拍子もないこの光定の発言に三波は唖然とした。 「あなた妙な男と接触したでしょう。」 なぜそのことを知っている。 背筋が寒くなった。 「…はい。」 「そこでその男の目を見た。」 なんだ。まさか現場を見たというのかこの男は。 「…なんでそのことを。」 光定はふうっと息をついた。 「何を隠そう私も、その男にあなたと同じことをされたんで。」 「え?」 「ついさっきですよ。」 「だから私もあなたと同じ。頭がズキンって痛くなる。」 そう言うと光定はしかめっ面になり、自分の頭に…

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113 第101話

3-101.mp3 目を開くと白い天井が見える。 ここはどこだ。自分の家の部屋ではないことは明らかだ。 彼はとっさに身を起こす。 「痛っ…。」 右側頭部にズキンとした痛みを覚え、彼はゆっくりと体を倒した。 「すいません…。頭が割れそうなんで救急車、お願いできませんか…。」100 「そっか…俺、救急車呼んだんだった…。病院か…ここ…。」 目を瞑り眠りにつこうとした。 「はっ!」 飛び起きた彼はベッド右側にあるカーテンを開いた。 眼下には山側環状線が見える。 瞬間、三波の背筋が寒くなった。 「とにかく、石大に近づくのはやめろ。」89 「ここ、石大だ…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 数時間前 北陸新幹線内 彼はネットで光定公信に関する情報を情報を漁っていた。 かれこれ一時間。 彼の表情は冴えなかった。 「なぜだ…。」 光定に関連するキーワードを片っ端から検索をかけた。 東京第一大学 医学部 曽我 小早川 天宮 瞬間催眠 MKウルトラ 石大病院 心療内科 論文 学会など思いつくものを手当り次第当たった。 しかしなんの収穫もない。 「研究論文もヒットしないし、交友関係らしきものも見えない。曽我、小早川、天宮それらの人間を調べても光定のみの字もヒットしない。なんだこれ…。」 ふと窓の方を見るとトンネルの中を走っている。自分の姿がそこに映し出されていた。 「こ…

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112.2 第100話【後編】

3-100.2.mp3 5年前 「にわかには信じがたい話です。」 「正常な感想だ。」 「ですが他ならぬ陶課長のお話です。」 「ということは?」 「信じます。信じますが…なかなか受け入れられません。」 「いいんだ。そう言ってくれるだけで十分だ。」 「しかしどうしてそんな大事なことを自分に。」 「俺は苦労人をリスペクトしている。」 「…それは自分のことですか。」 「そうだ。」 都内駅構内の某コーヒーチェーン店。 入れ代わり立ち代わり人が出入りする店の奥に向かい合って座る中年男性ふたり。 彼らの存在を気に留めるものはいない。 「調べさせてもらったよ。随分ハードな生き方を強いられてきたみたいじゃないか。」 「なぜ自分なんかに関心をお示しに?」 「なんだろう…。なんでかな。」 「こう言ってはなんですが、裏があると思ってしまいます。」 「正直でよろしい。」 陶はコーヒーに口をつけて、ふうっと息を吐いた。 「氷河期世代ね。」 「は?」 「失われた20年って口じゃ簡単に言うけど、そのただ中にある当人にとってはたまったもんじゃないよな。」 「…。」 「紀伊。君はその氷河期世代の中でもこうやって警視庁に入り公務員という地位を勝ち取った。氷河期世代の中で見ればいわゆる勝ち組だ。世間的に、な。」 「…。」 「公務員。なってしまえばこっちのモン。そうそうクビになることもないしな。生涯安泰。あとは結婚し家庭を持ち、子を育て、そこそこのポジションに行…

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112.1 第100話【前編】

3-100.1.mp3 自宅に帰ってきた三波はベッドに倒れ込んだ。 「痛ぇ…。頭痛ぇぞ…。なんだこれ。」 「今日手に入れた情報はすべてデタラメだ。小早川は気が狂っていた。お前は疲れている。このままおとなしく家に帰るんだ。そこでじっとしていろ。」94 「何しやがったあいつ…。さっきまではそこまでじゃなかったのに、ここに来て何だこの頭痛…。おとなしくしてろって、このまま寝てろってのかよ。」 身を起こそうとすると自身の後頭部に鈍い痛みが走る。 「あ、痛っ!」 彼は突っ伏した。 「やべ…これあれかな…。脳梗塞とかかな…。だったら洒落になんねぇぞ…。」 三波は携帯を手にした。 「すいません…。頭が割れそうなんで救急車、お願いできませんか…。」 電話を切った三波は薄っすらと目を開く。 自分の部屋の天井がぼんやりと見える。 白いそれにカーテンの隙間からわずかに差し込む日差しが影をつける。 瞬間、彼の意識はとんだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「なんでこのタイミングであなたがそんなことを。」 「ちゃんフリの中の協力者が、自分の身内から被害者を出すことは許さんって鼻息荒くしてるんだ。」 「その手の管理はあなた自身で完結してください。大川さん。」 「自分の手に負えない状況だからビショップ。あんたにこうやって報告してるんだ。今までの動画をすべて元の状態のものに差し替えるって言い出している。」 携帯を持つ方…

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111 第99話

3-99.mp3 東京都と埼玉県にまたがるように自衛隊の駐屯地がある。 リュックを担いだ男がひとり、そこに歩いて入っていった。 「なるほど。今川は心当たりがあると。」 「はい。我が国のツヴァイスタンシンパに鍋島能力の研究を委託した可能性があると言っています。」 「しかしそれはあくまで今川の個人的な予想。」 「その個人的な予想の裏を取るのは警察の仕事です。」 「ツヴァイスタンによる重大犯罪に加担した男の見過ごせない発言。事件の真相を明らかにすることを職務とする警察は動かざるを得なくなる。」 「普通ならば。」 「そう。普通ならば。」 肘を付き、両手を口の前で組む彼の表情の細かな様子は2メートル離れたここからは窺いしれない。 「今回は法務省の方にも手を回しています。おそらくそこからもNSSに報告が入るでしょう。」 「ならば今度ばかりは警察は普通の対応を取らざるを得ないか。」 「はっ。」 「なにかと足を引っ張るな、警察は。」 「組織自体は職務をまっとうする意志があるのですが…。」 「が?」 「その中にはいろいろと拗らせた奴がいるみたいでして。」 「朝倉みたいなやつか。」 「はい。」 「そいつが足を引っ張っていると…。」 「引っ張るだけなら良いのですが。」 「無能な働き者か。」 「はい。」 「我々の世界では部隊の全滅を招きかねない、問題のある人間。」 「しかもその人間が中枢にいる。」 「せっかくの予算も人事とセットでなければ、有効たりえんか…

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110 第98話

3-98.mp3 「古田の様子がおかしい?」 「はい。」 「何が。」 「同じこと何度も言うんですよ。」 「何度も同じことを?」 「はい。」 警察庁警備局公安特課。 松永専用の公安特課課長室で百目鬼は足を机の上に乗せて何者かと電話をしていた。 「具体的には?」 「空閑ですよ空閑。」 「…あぁ、千種が光定の書類を渡したと思われるやつか。そいつがどうかしたか。」 「古田さん。自分にその空閑を調べてくれって電話かけてきたんです。百目鬼理事官から自分を使えって言われたんでって。」 「うん。俺が神谷くんを紹介した。」 「で、空閑教室って塾をやってるってのを聞いたんで、すぐに下のモンに調べさせたんです。」 「うん。ってかその下のモンって言い方、ちょっとマズくない?組のモン的で。」 「でも一応自分、今は仁熊会の若頭ってことになってますんで。サツカンとして振る舞うと下のモンが良い顔しません。」 「あ…そう…。」 「で、ものの10分してですよ。また古田さんから同じ電話かかってくるんです。」 「同じ電話?」 「はい。空閑教室の主を調べろって。空閑は空気の空に閑散の閑。門構えって。」 「あらら。」 「えっとさっきも電話もらいましたがって言ったんですが、それはワシを語った別のモンやって言うんです。」 「で。」 「で、これがあと2回繰り返されました。」 百目鬼の表情が険しくなった。 机の上に乗せていた足を降ろし、彼は座り直した。 「ぱたっと電話が止んで…

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109 第97話

3-97.mp3 「話が違うだろうが。」 「電話かけてくるのは止めてくれって言ったはずだが。」 「緊急事態に馬鹿丁寧にSNSでクレームつけるバカが居るか!」 声を荒げて電話をかけるのはちゃんねるフリーダムカメラデスクの安井隆道だ。 彼は犀川の河川敷に立ち、雨音と川の流れの音によって自分の声が他人に聞かれないよう配慮をしていた。 「身内には被害者は出さないって約束だっただろうが。」 「出さない。そういう事になっている。」 「そういう事になってないから電話してんだよ!」 「なんだって?」 「その反応…。まさかあんた…。」 「え?何?何があったんだ。」 安井は深くため息をつく。 「はぁー…。」 「何が…。」 「三波が行方不明になった。」 「え!?」 「理由はわからん。でも察しはつく。俺らのことを探ったんだろうさ。」 「我々のことを探る…。」 「そろそろ潮時だってのは、俺から椎名には伝えた。三波とか黒田とかが俺の周辺を探り出しているってな。」 「ってことは、まさかキングが…。」 「ふぅ…あのさ、そのキングとかってニックネームか何かは知らねぇけどさ。話がややこしくなるから俺の前では椎名って名前でアイツのこと呼んでくれないかな。」 「あ…あぁ。」 「で、なんでその椎名が三波を巻き込むんだ?」 「いや待って。この件は私もいま初めて知ったんだ。」 「いやいや、あんたが初めて知ったとかそんなことはどうでもいいの。大川さん、とにかく俺があんたや椎名…

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お便り 8

お便り3-7.mp3 今回はhachinohoyaさん 林進さんからのお便り紹介です ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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108 第96話

3-96.mp3 スリッパを引きずるような音が聞こえたため、楠冨はそちらの方を見た。 力なくスツールに腰を掛ける検査着姿の光定がそこにあった。 「先生…。」 うつむいたまま反応を示さない光定を見て彼女はそっと湯呑を差し出した。。 「ささ、熱いお茶でもお召し上がってください。体が温まりますよ。」 「うん…。」 茶をすする音 静寂の中、ただ光定の茶を啜る音だけがこの空間に響く。 二人の間に無言の時間がどれだけ流れただろうか。 このいつまで続くかわからない沈黙を破ったのは光定だった。 「何も聞かないんですね。」 「何のことですか。」 「僕が急にいなくなったこと。」 ーなんだ…随分流暢に話すじゃないの。 「私が聞いてどうなるんですか。」 「何言ってんですか。病院長から僕の様子を見てこいって言われたんでしょ。」 「様子を見るだけです。先生がどこに行っていたとか、何をしていたとかを探ってこいと言われていませんので。」 「で、本当に僕の様子を見ているだけ…。」 「はい。」 「マジですか…。」 光定は呆れ顔だ。 「まるでロボットですね。君は。」 「私がここにいるのは仕事の一環です。仕事に私情を挟み込むほうがむしろ良くないことだと思いますが。」 「訂正。軍人みたいだ。」 「それは褒めてらっしゃるので?」 「そう受け止めてもらって結構です。」 「普通の人は絶対にそう受け止めませんよ先生。」 クスリと笑った楠冨を見て…

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107 第95話

3-95.mp3 「あぁ。ご報告ありがとうございました。え?それはもう…ええ。東京のとある財団の専務理事に空席が出るらしくてですね。話しはすでについていますからご心配なく。え?あぁ…勿論、東一出身者の特別ポストですよ。理事長さんはただの飾りですから、井戸村さん。そこならあなたの予てからの希望の通り、石川なんて田舎じゃなく、東京でやりたいようにやれますよ。」 石大病院の外、バスのりばのベンチに腰を掛けて電話をする相馬の姿があった。 「私ですか?私はこのとおりしがない人材コンサルタントです。これが私の仕事ですので仕事をしたまでですよ。」 「いや、突然電話をかけてきたかと思えば、どうしてこうも私の心情の内幕までも全て知ってるんですかね。此処ってところにズバッと提案を投げてくる。すごい人ですねあなたは。あなたのような人材が側にいれば、その組織はまさに百人力。」 「お褒めに預かり光栄です。あの、ところで小早川先生の後任人事の件は?」 「わかりませんよ。東一とのパイプは光定先生だけになってしまったんで。」 「東一出身は井戸村さん、あなたもそうだし他にも職員でも複数いるでしょう。」 「いや、なんだかんだ言って事務方は影響力はありません。あくまでも教授や医師側がこの病院では力をもっていますから。」 「そうなんですか。」 「はい。御存知の通り光定先生はあんな感じです。こうなった今、このままこの病院にいても東一出身として大きな顔していられるとは思えません。何せ東一に冷ややかな目を向ける…

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106 第94話

3-94.mp3 「死んだ!?小早川が?」 「おいや。自殺。あんたがさっきまでおった研究室から飛び降りた。」 「なんで?」 「わからん。」 「本当ですか…。」 「本当。いよいよヤバい感じや。三波あんた、今どこや。」 「まさにいま新幹線降りたところです。金沢駅です。」 「よしわかった。んならそのまま駅におってくれ。迎え寄越す。」 「迎えですか?」 「あぁこの手際の良さ、マジもんの仕業や。このままやとあんたの身に危険が及ぶのは時間の問題。」 三波はとっさに壁を背にした。そしてあたりを見回す。制服姿の学生、スーツを着た仕事上がりの男。携帯の液晶画面を巧みな指使いでなぞるOL風の女性。 ここを行き来すす殆どの人間が、束縛から開放されたような感じを受ける。 「駅の中ですか…。今の時間帯は人多いですよ。」 「人が多いんやったらなお結構。少ないより安全や。すぐに迎え寄越す。金沢駅のどこにおるんや。」 「あーゆうたろうのところです。」 「ゆうたろう?」 「ええ。」 「あれ?あの人形の。」 「はい。」 「わかった。待っとれ。」 新幹線乗り場から出てきた三波の姿を追っていた空閑は、駅の金沢港口で壁を背にする彼の姿を見て歯噛みした。 ーだよな…。 ー東京から金沢まで2時間半。そんだけ時間があれば携帯ひとつでちゃんフリにひと通りの状況を伝えることができる。 ー要はその状況をここでどう挽回するかということだ。 一旦外に出てしまった情報。事後に出本の蛇…

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105.2 第93話【後編】

3-93-2.mp3 「それが朝戸を鍋島にするってやつだったってか。」 「そう。」 「でも、すでにその実験は失敗に終わっている。その失敗続きのそれを、なんで朝戸にもって思ったんだ。」 「可能性をみたんだ。」 「可能性を見た?」 「うん。鍋島能力の発動の条件には膨大な負のエレルギーの蓄積ってのがあるんだけど、そのときの朝戸の感情の爆発は凄まじくってね。いままでに経験したことがないほどのものだったんだ。鍋島自身が抱えていた負のエレルギーも凄いけど、これも相当なもんだ。だから今度はうまくいくかもしれないって思ったんだ瞬間的に。」 「負のエネルギーか…。」 「ビショップ。君は当時の朝戸ほどの負のエネルギーは持ち合わせていない。東京で施術した対象の誰よりも負の感情を持っていない。」 「…。」 「そんな君に施術する…。いったいどういう結果がでるだろうね?ひひひ…。」 光定は不気味に笑い出した。 「あぁ…鍋島さん…僕に力を与えてください…。あなたはかつてこの場所にいた。ここで2人を殺した。そして同級生2人の人生をぶっ壊した。ここは聖地だ!お願いします…僕に、ビショップに、力を与えてください。」 急に宗教儀式めいてきた場の雰囲気と、狂乱ともいえる光定の様子に空閑は言葉を失った。 ーいいのか…俺…。 ー本当にこいつに自分のすべてを委ねていいのか…。 ーその術とやらが失敗したら俺はどうなる? ー自我を保っていられるのか? ーでも…ここで引き下がれるわけがない…。…

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105.1 第93話【前編】

3-93-1.mp3 5年前… 「はい。」 「光定先生ですか。外来に先生を訪ねてきた方がいらっしゃってまして。」 「だ…れ?」 「あの…朝戸さんとかおっしゃっています。」 「朝戸?」 「はい。どうします。」 「あ…じゃあ…僕の部屋まで案内してあげて…。」 「え、いいんですか。」 「う…ん…。」 「でも第2小早川研究所の立ち入りは小早川先生から厳重に管理せよと言われているんですが。」 「問題ない。その人は信頼できる人だ。」 ドアが開く音 「よう。」 「どうしたの。」 「どうもこうもない。」 そう言うと朝戸は1枚の写真を写真を光定に見せた。 「なにこれ?」 「犯人。」 「え!?」 「紗季を殺した犯人さ。」 「…本当なのか。」 朝戸は首を縦に振る。 「じゃあさっそく警察に…。」 「ダメだった。」 「え?なんで?」 「もう行ってきた。何回も。でも警察として捜査は十分に行っているってさ。」 「どういうこと?それ。」 「俺の訴えは却下ってこと。」 「はぁ!?何いってんの!?警察の捜査が不十分だから朝戸、君が個人的に調べたんだろ。」 「そう。」 「なに?その写真の奴の証拠が…とか?」 「証拠はある。」 「じゃあ。」 「とにかく警察としては十分に捜査をしている。警察に任せてほしいってさ。」 「ってことは…。」 「体の良いお断りさ。」 「バカか!」 光定は声を荒げて机を叩いた。 「お前…そんな怒る…

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104.2 第92話【後編】

3-92-2.mp3 「鍋島!?」 「ええ。研究対象の鍋島能力。その保持者であった本人です。」 「な…なんで…こんなものが…こんなところに…。」 「天宮先生の手配です。ちょっと警察の方面に手を回してこういうことにしてくださったんです。」 「ば…ばかな…わたしはこんなこと聞いていない。」 腰を抜かしたまま小早川はホルマリン漬けになっている人間を仰ぎ見る。 筋肉質な体型を保ったままのシルエットは美しかった。 彼の視線は体の全体的なシルエットから各部へと移動する。 すると特徴的なものに気がついた。 「なんですかこの体は…。」 体のいたる所に縫合の後が見える。 「体だけじゃなくて顔も色々いじってたみたいですよ。」 「え…顔?」 そういうと小早川は鍋島の顔を見た。 「ひいっ!」 彼が驚くのも無理もない。 髪の毛ひとつないつるっぱげ状態の頭皮には無数の縫合の跡。 そしてぱっとみた感じきれいな顔立ちであるそれにも至るところに縫合の跡があった。 しかし彼を驚かせたのはこれではなかった。 鍋島の目は上瞼と下瞼が縫い合わされた状態だったのだ。 「な…なんで…目が縫い合わされているんですか…。」 「あぁそれはあれです。」 そう言うと光定は同じくホルマリン漬けされている別のガラス製の容器を指差した。 そこには2つの眼球があった。 「目…?」 「はい。鍋島の眼球です。それとその隣にある脳。これらが得意な能力、いわゆる瞬間催眠の発…

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104.1 第92話【前編】

3-92-1.mp3 「なんだってこんなところなんだ…。」 車一台がやっと通れるくらいの舗装されていない狭い道。 雨によってそれは泥濘んでいた。 ひょっとするとタイヤがスタックするかもしれない。 自身のない空閑は車を止め、その道を徒歩で進んでいた。 歩くこと数分。ようやく開けた場所に出た。 朽ちた小屋がある。 その側には車が止まっていた。 「四駆か…。」 扉を開く音 「遅かったね。」 暗がりに白いシルエットが見える。 白衣姿の光定だった。 「まぁ…。」 木床の軋む音 「ここは?」 「あぁ塩島一郎って爺さんの持ち物さ。ちょっと拝借したんだ。」 「いや、そういうことじゃなくて。なんでこんな熨子山の小屋なんかで。」 「熨子山って言ったら思い出さない?」 「え?」 「鍋島になるんだよ。君はこれから。」 「あ…。」 「そう。ここは9年前に起こった熨子山連続殺人事件のまさに現場さ。」 「ここが…。」 「ほら。いま立っているそこ。まさにそこで二人の被害者が鍋島によって殺された。ひとりはハンマーで撲殺。もうひとりはナイフで頸部をかっさばかれてね。ひひひ…。」 「おい…。クイーン…おまえどうしたんだ?」 「どうもこうもないよ。残念なんだ。君がどうしても鍋島になりたいっていうもんだからさ。」 「え?だって…おまえさっきあれほど嫌がってたのに。」 「嫌だよ。いまでも。またひとりナイトを誕生させてしまうかもしれないしね。」 …

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103 第91話

3-91.mp3 石川大学病院部総務人事課。 人事課長の坊山に耳打ちする者がいた。 「え?光定先生が?」 「はい。急用が入ったっておっしゃって席を外してそのままなんです。」 「何?帰ったん?」 「わかりません。」 「はぁ…。で、診療の方は?」 「代わりの先生にまわしてもらっていますが、患者の待ち時間が…。」 「んなもん仕方ない。患者には事情を説明してなんとかしてもらえ。」 「はい。」 ーまずいことになった…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 1時間前。 「は?ウチの中村になりすまして小早川教授と面会?」 「そうだ。」 「え?今朝、部長にも電話でお伝えしたでしょう。中村は今日は休みです。中村本人じゃなくてですか?」 「だからお前をここに呼び出したんだ!」 机叩く 「坊山!なんで外部の人間がウチの人間に成りすますことができるんだ!個人情報ダダ漏れじゃないか!」 「申し訳ございません…。」 「どういう管理をしてる。」 「は?」 「だから!なにをどうすればこんなヘマが起こるんだ!」 「原因究明はこれから行います。」 「くそっ!」 荒ぶる病院部長を前にこの坊山はただ静かにそれに応えるしか方法を見い出せなかった。 「ところで光定先生は大丈夫か。」 「は?」 「光定先生には変わりはないか。」 「光定先生?え?はぁ、まぁいつもどおり今頃外来で診療していると思いますが。」 「小早川先生は…

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お便り 7

おたより3-6.mp3 今回は左甚五郎さんからお寄せいただいたお便りです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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お便り 6

おたより3-5.mp3 今回お便りをお寄せくださったのは笹木雅貴さんと肉団子さんです ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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102.2 第90話【後編】

3-90-2.mp3 「え?直接投与する?」 「うん。」 「でも…まだ実用化できてないよ。」 「実験で構わない。今すぐ試したいんだ。」 「でも僕はいま手が離せない。」 「俺がやる。」 「ビショップ。君が?」 「ああ。俺がやる。」 「でも方法を君は知らない。」 「教えてくれ。」 「教えても無理だ。」 「なぜ。」 「物理的な理由さ。」 「なんだそれは。」 「こんな意味のないことをここで君に開陳する意味を僕は見いだせない。」 「じゃあ聞く、仮にその物理的な問題を克服したら瞬間催眠は実用化できるのか。」 「今よりは実用化に近づく。」 「どの程度。」 「完成が100とすれば80まで一気に進むだろう。」 「教えてくれ。」 「だから無理なものを議論するのは科学的じゃないし、時間の無駄だ。やめようこの話は。」 「どうして無理と言える。無理と言える根拠は。」 「無理なものは無理だ。」 「そうやって合理性を持ったふりして、進化の歩みをこの国は幾度となく止めてきた。」 「…。」 「どうして議論しない。なぜ無理と決め付ける。試してみろよ。実験によって証明を果たすのが科学だろうが。はなから無価値と決めつけることほど科学的でない思考は無いぜ。」 「どうしてそこまで。」 「他ならないルークの頼みだ。」 「ルークの…。」 「今すぐある人間の口を止めなければならない。かといって拉致るわけにも行かない人間だ。」 「なるほど…そういうことか…。」 二人の間にしばら…

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102.1 第90話【前編】

3-90-1.mp3 「素早い仕事ごくろうさん。」 「ありがとうございます。」 「これなら自殺ってことで大事にもならないだろう。」 「はい。」 「続いてもう一件頼む。」 「はっ。」 紀伊の携帯にPDFが送られてきた。 「これは?」 「ちゃんねるフリーダムというネットメディアの記者、三波宣明(のぶあき)だ。」 紀伊はちゃんねるフリーダムという言葉を聞いて表情が固くなった。 「この男が何を。」 「石川大学の総務の中村であると偽って、今朝小早川と接触をしていた事が判明した。」 「なんと…。」 「この三波を消すんだ。」 「え?」 「身分を偽ってまで小早川と接触をする奴だ。普通の取材じゃない。」 「あの…專門官。待ってください。それだけで消すんですか。」 「なんだ?」 「あの、この三波という男、石川のネットメディアの記者でしょう。石川といえば天宮の死亡があります。天宮から小早川にたどり着くのは普通の流れです。」 「ではなんで身分を偽ってまで、この段階で小早川と接触する必要があるんだ。」 「その本意はわかりませんが、なんとかして他社に先駆けて話を聞き出したかったのでは。」 「紀伊。」 「はい。」 「甘い。」 「甘い?」 「俺がなんの考えもなくこの三波を消せと言ってると思うのか?」 「い、いえ…。」 「お前、最近俺によく意見するな。」 陶の声に凄みを感じた。 「あ…あの…。」 「ま、俺の取り巻きがただのイエスマンだけだとい…

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101 第89話【後編】

3-89-2.mp3 電子鍵が開かれる音が聞こえたため、窓から外を見つめていた小早川はそちらの方を見た。 そこには警備員姿の男が立っていた。 一介の警備員がなんの断りもなく研究室の鍵を勝手に開けて入ってくる事自体がありえない。 あまりもの想定外の状況を目の当たりにして、小早川は反応に困った。 「なんだ…君…。」 小早川がこういった瞬間、突如として警備員は小早川の背後に回り込んだ。そしてハンカチのような布で彼の口元を抑える。 まもなく小早川は気を失った。 「小早川先生!守衛室です!応答願います!小早川先生大丈夫ですか!」 どうやらとっさに小早川は非常通報装置のボタンを押していたようだ。 「チッ。」 警備員姿の男は窓から外の様子を見る。 今の所まだ研究棟全体が騒ぎになっていないようだ。 彼は窓を開けた。 そして横たわる小早川の靴を脱がせる。 「っしょっと…。ってか重めぇよ。こいつ。」 男は小早川を担ぐとなんのためらいもなく、それを5階の窓から真っ逆さまに突き落とした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「そうか。早いな。」Понятно. Ты рано. タバコの火をつける音 吸い込みそして吐き出す 「すでに一回やらかしてるからな。」Он уже сделал это один раз. 「曽我コロシの件か。」Дело убийцы Со…

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第89話【後編】

3-89-2.mp3 電子鍵が開かれる音が聞こえたため、窓から外を見つめていた小早川はそちらの方を見た。 そこには警備員姿の男が立っていた。 一介の警備員がなんの断りもなく研究室の鍵を勝手に開けて入ってくる事自体がありえない。 あまりもの想定外の状況を目の当たりにして、小早川は反応に困った。 「なんだ…君…。」 小早川がこういった瞬間、突如として警備員は小早川の背後に回り込んだ。そしてハンカチのような布で彼の口元を抑える。 まもなく小早川は気を失った。 「小早川先生!守衛室です!応答願います!小早川先生大丈夫ですか!」 どうやらとっさに小早川は非常通報装置のボタンを押していたようだ。 「チッ。」 警備員姿の男は窓から外の様子を見る。 今の所まだ研究棟全体が騒ぎになっていないようだ。 彼は窓を開けた。 そして横たわる小早川の靴を脱がせる。 「っしょっと…。ってか重めぇよ。こいつ。」 男は小早川を担ぐとなんのためらいもなく、それを5階の窓から真っ逆さまに突き落とした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「そうか。早いな。」Понятно. Ты рано. タバコの火をつける音 吸い込みそして吐き出す 「すでに一回やらかしてるからな。」Он уже сделал это один раз. 「曽我コロシの件か。」Дело убийцы Со…

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第89話【前編】

3-89-1.mp3 「わかった。とりあえずあんたはすぐに石川に戻ってくれ。」 「すぐって?」 「今すぐ。この手のことはぼやぼやしとると、気がついたらもう逃げられん状況に追い込まれとるなんてよくある。小早川はうまく騙せたとしても、その先のやつがあんたを放っておくことは考えにくい。」 「その先…。」 「ああ。」 「…片倉さんは、その先の奴ってなにか情報持ってるんですか?」 片倉はしばし黙った。 「心当たりありそうですね。」 「…あくまでも心当たりやけどな。」 「それを聞くわけにはいきませんか。」 「…いまの段階では。」 三波はポケットの中からイヤホンを取り出してそれを装着した。 「じゃあ、また連絡するわ。」 「待ってください。」 「あん?」 「いまイヤホンつけました。いま自分、駅まで歩いています。駅までの道中もうちょっとだけ付き合ってください。」 「…。」 「たぶん5分程度です。」 「(ため息)…イヤホンをつけるのは正解や。黒田から教えてもらったんか?」 「ええ。この手の話、少しでも通話音量大きかったら外に会話の内容ダダ漏れですから。」 「わかった…。そのまま駅に向かってくれ。」 「はい。」 「でなんや。」 「自由を得たいという願望もあるみたいなんです。」 「自由を得る?なんのこと?」 「小早川です。」 「どういうことや。」 「なんでも、学内の異常なまでの忖度に疲れ切っているらしいです。この忖度に耐えきれずに彼は教授の道を捨…

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第88話【後編】

3-88-2.mp3 携帯に通知が届いた。 即座に岡田はそれを開く。 「確かに残念な具合にハゲ散らかしてるな…。」 そう言うと彼はその画像を側にいた捜査員に転送した。 「いま画像送った。そいつをすぐに照会してくれ。」 「はい。」 マウスの音 「うん?」 「どした?」 「課長…この人…。」 「なんや。」 「自分知っとります。」 「は?」 「そっくりです…昔、自分、能登署におったときの相勤に。」 「サツカン?」 「いえ。今はヤメ警のはずです。」 「ヤメ警…。」 「念の為特高にでも照会とってみましょうか。あそこならすぐ対応できるはずです。」 捜査員は連絡を取ろうと電話の受話器をとった。 「待て。」 「えっ。」 「ワシをすっ飛ばして頭越しに直でやり取りする警察の誰かさんもさることながら、身近で世話してきたワシに悟られんように特高とコンタクトとっとった椎名にもがっくり来ました。」59 ー特高の片倉班長とは古田さんを介してしか俺らは基本連絡を取り合っていない。けど片倉班長とは意識の共有化ができとる。そん中で俺の部下であるマサさんをすっとばして椎名と直でコンタクトをとっとる特高の誰かが居る。その可能性が出てきた今、特高の中で妙な動きをしとる奴がおる…。 ーつまり特高にもモグラがおる。その中でいまここでこのハゲを特高に照会取るってのはどういう意味を持つんや…。 「課長?」 ー俺らがいま特高に照会しようとしとるこの行…

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第88話【前編】

3-88-1.mp3 「そうなんです…。目を離した一瞬をつかれました。」 「走る車に自分から突っ込んでいった…。」 「はい。」 「…古田さん。」 「はい。」 「天宮にしろ千種にしろ、古田さんが話を聞きに行った相手が、即効で死んどる。」 「…はい。」 「これなにかの偶然?」 「そうとしか…。」 「天宮は他殺。千種は自殺やしな。」 「はい。」 さすがの古田の声にも力がなかった。 それはそうだ。こうも立て続けについ先程までやり取りしていた人間が直後に死亡したのだ。 ショックを受けて当然だ。 「しかし…こうも調べの対象が即死亡ってのは具合が悪い…。」 「はい。」 「他部署が捜査を仕切るから、ウチら弾かれる。」 「はい。」 「もうここまできたら、そのあたりを見越しての相手側の処理かもしれないって感じを受けるね。」 「はい。」 「古田さん。今回の千種の件も天宮の件もあんたが悪いわけじゃない。気にするな。」 「はい…。」 先程から古田に発言らしい発言がない。 岡田の言葉に基本的に「はい」と応えるばかりだ。 岡田は何かを察したようだ。 「どうした。」 古田視点 「あやしい男がおります。」 「なに?」 「電話しながらこっちの方をチラチラ見とる。」 「野次馬じゃなくて?」 「ワシの勘が何か言っとります。」 「念の為抑えておいてくれないか。」 「了解。」 電話を切った古田はすぐさま電話をかけ直した。 「もしもし?…

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第87話

3-87.mp3 石川大学医学部の駐車場。ここの車で人の往来を観察する古田がいた。 「ふーっ…石大の医学部とか病院とか、なんやかんやでワシここにべったりじゃないですか。」 「んなこと言わんと。」 「せっかく母屋でコチーって座って仕事できるかと思ったら、また現場。しかも雨。ねぇ岡田課長。」 「人手が足りないんですよ。」 「あ、出てきた。んじゃまた後で。」 そう言って古田は電話を切った。 「千種さん。」 傘を指しているその背後から声をかけられた彼は振り向いた。 「千種賢哉さんですね。」 「…。」 「あの、千種賢哉さんですね。」 「違います。」 「え?」 背を向けて付近のコンビニに向かって歩き出したため、古田はそれを追った。 「ちょ…ちょっとまってください。」 「人違いです。」 「じゃあなんで名前読んだらこっち向いたんですか。」 彼は足を止めた。 「だって僕は千種ですもん。」 「はい?」 「千種錬です。」 「レン?」 「はい。じゃあ。」 「チョット待って。」 「何なんですか。昼メシくらい買わせてくださいよ。」 「あなた千種賢哉でしょうが。」 「だから違うって。」 「おい。誂うなま。」 古田の声色が変わった。 「なんですか…。脅しですか。」 「脅しでもなんでもないわい。ジジイやと思って舐めとるとシバくぞ。」 「何やって?」 今度は千種は古田にガンを飛ばした。 「石大医学部には千種っ…

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第86話

3-86.mp3 「はい。間違いなく中村文也は石川大学病院部総務人事課の人間です。」 「わかった。スクリーンショットでいい。送ってくれ。」 「はい。」 紀伊は言われたとおり、画面に表示されるそれを送った。 「ところで百目鬼はどうだ。」 「班長をよく思っていない様子です。」 「そうか。」 「はい。自分に班長の代わりを担わせたい的なことをほのめかしてらっしゃいました。」 「それは良かったじゃないか。」 「…いえ。」 「どうした?あまりパッとしない様子だな。」 「…そこで相談したいことがありまして。」 「何だ。」 「あの…ここではちょっと…。」 「わかった。あれで。」 「了解。」 席を外した紀伊はトイレの個室に移動し、SNSを立ち上げた。 「何かと目障りな片倉班長を排斥する動きを見せる百目鬼理事官はこちら側の人間なんでしょうか?」 「わからん。」 「じゃあ…なんで…。」 「どうした。何があった。」 「理事官は新宿のマル被の記憶がおかしいことについて、捜一はすでに手がかりを掴んでいるはず。なのに捜査は一向に進展していないのはおかしいといっています。」 「なに?捜一はすでに手がかりを掴んでいるだと。」 「はい。」 「まさか奴はすでに鍋島能力のことを知っていると?」 「おそらくそうではないかと…。石川のやつとか言ってましたんで。」 「いつそれを…。」 「我々のような一部の人間しか未だ知らないはずのあれを理事官は知っている。となると百目…

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第85話

3-85.mp3 ベッドに横になったまま空閑はスマホの画面に指を滑らしていた。 「あれ?」 ちゃんねるフリーダムのアーカイブ動画の一つをタップすると「諸般の事情で配信を一時的に停止します。再開の目処がたった段階で改めてお知らせします。」との表示が出た。 「なんだこれ…どうしたんだ。」 ベッドから身を起こした空閑は他の動画を確認した。 普通に再生されるものもあれば、今ほどのテキストが表示され、動画が再生されないものもある。 「メンテナンスでも入ったのか…。」 彼は歯噛みした。 「糞が…よりによってなんでこのタイミングで…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 車内の音 ーやっぱりだ…。 ルームミラーに目をやった椎名は心のなかでつぶやいた。 ー昨日から急に俺への監視が強化されてる。公安特課の連中、何を知った…。 ミラー越しに見えるのはどこにでもいるような白の商用車。 ワイシャツにネクタイときっちりとした格好の中年男性が、姿勢良く運転している。 ーこの監視体制。もうウチの会社とかちゃんフリの方まで聞き取り入ってるかもな。 ハンドルを切った椎名は通りに面した駐車場に車を滑り込ませた。 ーま、時間の問題か。 携帯のSIMを入れ替えた彼は鞄を担いで車から降りた。 瞬間、前方20m先に妙な気配を感じた。 さり気なくそちらの方に目をやると競技用のものと思われる自転車にま…

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第84話

3-84.mp3 No.2の扉が開かれ中から男二人が出てきた。 「おはようございます!椎名さん。」 「えっ。」 不意に大きな声をかけられた椎名はあたりをキョロキョロと見回した。 廊下の向こう側にリックを担いだ見覚えのある女性が立ってこちらに手を振っていた。 「あ、片倉さん。」 「お、京子のやつ来てたんだ。」 彼女はこちらに駆け寄ってきた。 「どうしたんですか椎名さん。こんな朝早くに弊社にお越しだなんて聞いてませんよ。」 「あぁ…実はちょっと本業の方で安井さんに用がありまして。」 「本業?」 「ええ。印刷の方で。」 京子は安井を見る。 「記念誌。」 「記念誌?」 「ああ。創業5周年の記念誌製作。」 「え?そんな話聞いてません。」 「俺は聞いてるの。」 「京子。心配ない俺も聞いてる。」 黒田がどこからともなく3人の中に入ってきた。 「安井さん社長に一任されてるんだ。」 「え…まさか、それで密かにいっぱいいっぱいになって、私の仕事断って椎名さんに紹介したとか…。」 安井は京子と目を合わせない。 「図星?」 「…否定できない。」 「まじですか。」 目をそらしたまま安井はうなずいた。 「キャパせまっ。」 「なにぃっ!?」 「10年20年の話なら資料集めたり取材したりで結構大変やと思うけど、5年でしょ。そんなんチャッチャッってできません?」 「あほ。俺は制作畑なんだよ。記者畑の人間と一緒にしな…

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第83話

3-83.mp3 「全部ですか?」 「うん。ここのリストにある動画全部止めてくれない?」 「そんな…。」 「社長命令。」 「本当ですか!?」 「ああ本当。」 「わかりました…。」 編成責任の彼は黒田に言われたとおり、パソコンを操作してそれらの配信を止めだした。 「全部手作業です。ある程度時間かかります。」 「いい。いっぺんに全部消えるより自然でいい。」 「でもユーザー対応どうします?」 「諸般の事情で配信を一時的に停止します。再開の目処がたった段階で改めてお知らせします。この文章を配信停止コンテンツに表示できるようにできない?」 「できます。」 「じゃあそんな感じでお願い。」 「わかりました。」 「このこと社内で知ってるのは俺と君だけだから。バレたらその段階で社長から社内にアナウンスするらしいから心配しないで。」 「今までの分はそうやって対応するにして、これから制作から上がってくるコンテンツはどうします?」 「それはそれでそのまま上げて。あとで必要に応じて対応するから。」 「了解です。」 編成責任者の肩を軽く叩いた黒田は、その部屋から退出した。 そしてそのままトイレに向かい、その個室に入った。 そこで彼は携帯を手にしてアプリを起動する。 画面には部屋の様子が俯瞰で捉えられていた。 ー戻ってきた…。 安井がエナジードリンクを手にして部屋に入ってきた。 編集機材の前に座り、彼はその蓋を開く。 ごくごくと喉を鳴らしてそれを飲み…

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第82話【後編】

3-82-2.mp3 「はい小早川です。あぁ部長。…そうですね。まぁ一ヶ月程度はやはり見てもらわないと。それにしても部長も人が悪い。私のことをヒアリングする人間をよこすならよこすで、事前に言ってくれればそれなりに対応したのに。…え?そんな人間派遣していない?」 小早川の顔つきが変わった。 「じゃあ、いま私の目の前にいる中村って誰なんですか。」 「…。」 「…ええ。はい。いま私の研究室に居ます。」 「…。」 「休み?はぁ…ほう…。あぁなるほど…そうなんですか。仕事熱心な人材なんですね。ええ、わかりましたよ。いえ、無礼ではありません。むしろ優秀じゃないですか。」 電話を切る音 「部長びっくりしてましたよ。」 「え…。」 「あなたが有給休暇使ってまで秘密裏に動いているって知って。」 「あ、あぁ、そうですか。」 「プロパー組を説得させる材料を私から得るために、わざわざ有給使ってここに来たんでしょう。」 「はい。」 「やはりあなたは只者じゃないですね。石川に赴任した際は悪くしません。」 「ありがとうございます。」 小早川の表情を見る限り、彼はすっかり三波に心を開いたように受け止められた。 これからもこの男との関係を良くしたい。それは今後の人生にプラスになるはずだ。 石川大学の中村であればそう思うだろう。 だが三波は中村ではない。 「先生。」 「なんです。」 「個人的な関心事なんですが聞いてもよろしいでしょうか。」 「どうぞ。」 「…

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第82話【前編】

3-82-1.mp3 「愚民ね…。ホッホッホッ…。」 ー何だこいつ…。本気でやばい奴なんじゃねぇの…。人が二人死んでんだぞ。なのにここで笑うか? 「どうぞ。」 三波の前にコーヒーが出された。 「大したものではありませんが。」 「いえいえ…先生直々にとはもったいない。ありがたく頂戴します。」 こう言って三波は出されたそれに早速口をつけた。 「はぁー。うまい。」 「それは結構なことです。」 小早川もまた自身が手にするコーヒーカップに口をつけた。 三波は周囲を目だけでさっと見回した。 書架には学術書のようなものが整然と並び、机にはラップトップのパソコンが配され、必要最小限の書類しかない。 何度か大学の研究室なるものを訪問したことがあるが、この空間は研究者の性格が出る。 この小早川のように本当に研究をしているのかと疑いたくなるほど整理された部屋もあれば、その逆に一体どこで作業をすればいいのかと首を傾げてしまうような散らかり具合の部屋もある。 小早川の部屋はあるべきところにあるものがあるといった感じを受け取られる空間だった。 ーん? 奥のデスクの上にもコーヒーカップのようなものがラップトップパソコンに隠れて置かれていることに気がついた。 ーじゃあ、いま目の前でこいつが飲んでるコーヒーってさっきの客の…。 ーとすると先客もいまの俺同様、お気に入りの人間だったってことか…。 「なんです?」 「あ、いえ。あまりに美味しい…

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お便り5

お便り20200813.mp3 今回お便りをくださったのはテナガエビさんです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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第81話

3-81.mp3 時刻は7時50分。椎名の勤務する印刷会社の始業時刻は8時15分。始業25分前の到着。余裕のある朝だ。 制作フロアには椎名以外のスタッフはまだ出社していない。 彼は自席パソコンの電源を入れ、次いで各種端末を立ち上げた。 いつもの通りならあと10分ほどでこの部署の課長が出社する。 それまでは彼を邪魔するものはない。 人の気配を確認した椎名はおもむろに携帯のSIMカードを入れ替えた。 しばらくして通知が画面に表示された。 「ルークか…。」 こうつぶやくと椎名はそれをタップした。 「よくわからないことが起きている…だと…。」 会社の自販機で買った缶コーヒーの蓋を開けた椎名はそれにレスポンスする。 「具体的に教えてくれ。」 間もなく紀伊からの返信があった。 「キング。お前は天宮の死は他殺だって知ってたか。」 「あぁビショップから聞いてる。クイーンの病院に搬送されたんだろう。たまたまそれをクイーンが目撃、曽我の処分を速やかに実行させた。」 「俺は天宮の他殺も曽我処分のことも知らなかった。」 「おいおい待てよ。お前サツだろうが。」 「…おそらくサツの中で情報を隠匿している奴がいる。」 「待てよ。天下の特高を欺こうなんてそんな大それた奴がいるのか?冗談はよせよ。」 「冗談なんかじゃない。事実だ。」 紀伊の穏やかならぬ様子が文面から伝わって来ていた。 「曽我の処分はそれはそれでいいとしよう。しかし俺が預かり知ら…

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第80話

3-80.mp3 「え?サブリミナル?」 携帯のマイク部分を手で覆って、周囲の人間に聞こえないように黒田は小声で通話を続ける。 「うん。そのリスト送ったからちょっと見てくれんけ。」 「は、はい…。」 メールを確認した黒田はそこに添付されているファイルを開いた。 「本当ですか…これ…。」 「面食らうやろ。その多さに。」 「は、はい…。」 「ちょいその中のどれかを一回確認してみてくれんけって言いたいのは山々ねんけど、それはせんといて欲しいんや。」 「なんでですか。」 「確認するお前がそのサブリミナルの餌食になる。」 「あ…。」 「このリストは人の手で作っとらん。所謂AI的なあれに抽出してもらった。こいつの影響を最小限にするためにな。」 「その…サブリミナルなんですが、どういった内容のもので?」 「すでに結果が出とる。」 「結果?」 「おう。ほら最近全国でやたらテロまがいの事件起こっとるやろ。」 「はい。」 「その被疑者のほぼ全てがぶっ壊せとかぶっ潰せって言っとるのは知っとるか。」 「はい。」 「それや。」 「まさか…。テロを誘発させる内容のものなんですか。」 「こいつが直接的な原因なんかは科学的に証明はできん。でも結果が出とるんや。」 「でも…。」 「黒田。」 「はい。」 「科学とかは正直今の所どうでもいいんや。そんなもんこの段階ではただ自分の考えを正当化するための呪いみたいなもんやからな。」 「はぁ…。」 「いいか、もう有…

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第79話

3-79.mp3 スマートフォンを手にして公園のベンチに腰を掛けている男がいる。 ノーネクタイのスーツ姿。傍らにはブリーフケースもある。装いは明らかに会社員。 鞄と一緒においてあったコンビニ袋に手を突っ込んでパンを取り出した彼は、それを齧った。 いまは平日の出勤時間。 この公園を一歩出ると、すぐそこにあるのが霞が関。そこには彼と同じような姿形の人間が重苦しい顔をして忙しなく出勤中。 いまのここと向こうでは明らかに時間の流れ方が違う。そして聞こえる物音も。 彼はときおり聞こえる小鳥のさえずりを耳にし、全身で朝の清らかな空気を感じていた。 携帯電話が震えた。 パンを頬張った彼の口の動きは止まった。 画面を指でスクロールしながら彼の口から声が漏れた。 「これ…マジかいや…。」 パンを飲み込んで彼はしばらく呆然とした。そして天を仰いだ。 「どうする…マジでやばいぞ…。」 ふと向こう側に男の姿が見えた。 キョロキョロとあたりを見回しながら、何かを確かめるような足取りで進む彼の手には雨傘がある。 本日の東京の天気は晴れ。降水確率は10%。大気中の湿気も少なく、その空気は澄んでいる。 男の持ち物はこの場に似つかわしくない。 「丁度いい。ぶつけるか。」 ベンチにかけていた彼は咳払いをした。 「ごほん。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「あ。」 ベンチに掛け、何かを齧っている男の姿が三波の目に入…

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第78話

3-78.mp3 金沢市郊外の鄙びた外観の喫茶店セバストポリ。この店の中のカウンター席に加賀と黒田が隣り合うように座っていた。 「え?退職金の前借りですか。」 「うん。」 「で。」 「もちろんそんな制度はうちの会社にはない。丁重にお断りした。」 「社長はそのことを。」 「今回始めて知ったさ。宮崎さんは宮崎さんなりに安井君に気を使ってね、俺のところまで報告上げなかったみたい。彼女、謝ってきたよ。」 「そうだったんですか。」 「で、退職金の前借りの理由は息子の病気の治療費の工面だったってわけ。」 「急性骨髄性白血病(AML)ですね。」 「うん。俺、医療関係のことは専門外だからさ、詳しくはわからないけど、安井君の息子さん、結構重い状態みたいなんだ。」 「と言いますと。」 「なんか造血幹細胞移植って治療受けたらしいんだ。けど予後が良くないらしい。」 「造血幹細胞移植…。」 「キャップ知ってる?」 「自分もよくは知りませんが、たしか輸血みたいに、その幹細胞を投与する治療法だったと思います。AMLを完治させる可能性が高い一方、副作用が酷いハイリスク・ハイリターン型のものだったような。」 「そう。そのハイリスク・ハイリターンが悪い方に行ってる。で、安井君はその資金繰りに困ってそういう相談を宮崎さんにした。」 「え、でも社長、高額医療費の制度で戻ってくるじゃないですか。」 「そうなんだ。そこなんだ。俺が言うのも何だけど、ウチは意外と給料もいいし、安井君の家共働きだろ。…

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第77話

3-77.mp3 「あ、ヤスさん。」 缶コーヒーを手にした安井と偶然、廊下で遭遇した黒田は彼に声をかけた。 「なんだ。」 「なんだって、気になりますよ。」 「なんで?」 「だってその顔。」 黒田は安井の顔を指差した。 「顔?」 「ええ。酷いクマですよ。」 安井は携帯のインカメラを起動して自分の顔を様子を確認した。 「本当だ…。やべぇな…。」 「ヤスさん。酒は?」 「飲んでねぇよ。」 「じゃあ何なんでしょうね。心配になるくらいです。」 「確かに…。」 「寝不足とかですか?」 「あぁ…確かに最近、寝れてないか…。」 スマホの画面に映し出される自分の顔をまじまじと見ていた安井はそれをしまった。 「仕事、振ったほうがいいですよ。」 「振ってるよ。」 「京子に外注使わせたのは、あいつの成長から考えていいタイミングでしたね。」 「あ、そう。」 「あいつもそろそろリスクの取りどころを覚えて欲しいお年頃なんで。」 「進捗はどうよ。」 「いい感じです。」 「そっか。じゃあ結構だ。」 「どこの業者使ってるんですか。あいつ。」 「フリーランス。」 「フリー?」 「うん。」 「いい腕してますね。冗長な感じを受けさせない簡潔明瞭な編集です。」 「そう?」 「ええ。よかったら自分にも紹介してくれませんか。」 「あぁまた今度な。」 「え?今度?今度と言わず教えて下さいよ。」 「近いうちにここの会社に来るだろうから、そのと…

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第76話

3-76.mp3 夜の海は恐ろしく闇だ。 そこに立ち、しばらく経って目が慣れてきてもせいぜいが砂浜と海の境が分かる程度。 空と海の境目は闇によって判別できにくい。雨が降る状況ならばなおさらのこと。 漆黒の闇が視界を覆い、激しい雨音の中わずかに聞こえる一定のリズム、波の音。これを聞いているうちに知らず知らず目の前の闇の中に引きずり込まれるような錯覚すら覚えてしまう。 闇は人を寄せ付けない。 視覚という人間にとって最も重要な感覚をそれが削ぎ落とすからだろうか。読んで字の如し、闇によって感覚の手がかりは音に制限される。 人の存在を拒絶する闇の中から、あろうことか人形(ひとがた)のものが這い上がってきた。 ひとつではない。続いてふたつ、みっつ、よっつ。 真っ黒な人形(ひとがた)が海から這い上がり砂浜に立つ。 真っ先にそこに立った人形がシュノーケルを取り外したと判別できた瞬間、それらはウェットスーツを纏った屈強な体つきの男であると確信した。 男は合計5名。 皆両膝に手をついて前かがみになり、息が上がっているようだった。 相当疲労しているように見受けられる。 1分ほど彼らは同じ体勢だった。 落ち着いたのか一人の男が右手を自分の肩の辺りで握った。 そしてそれを開く。 すると彼に付いてきた他の4名は散り散りに別の闇に消えていった。 拳を開いた男もまたそこから別の闇の中に足を踏み出そうをしたときのことである。 彼は動きを止めた。 そしてゆっくりとこちら…

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第75話【後編】

3-75-2.mp3 「ヒェ~すげぇ雨…。なんなんだよ、昨日から全然止まないじゃん…。えっと…確か保険屋から粗品でタオルもらってたよな…。」 グローブボックスの中を弄るも、お目当てのものは見つからない。どうやら彼の思い違いのようだったようだ。エンジンをかけた三波はエアコンを付け、その風で自分の濡れた服と髪の毛を乾かすことにした。 「小早川干城(たてき)…か。」 三波の手の内には雨で濡れてしまったメモ用紙があった。彼はそれをエアコンの吹出口にあてがって乾かす。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「あの…ちょっと初歩的なことを聞いていいですか。」 「なんです?」 「その、名誉教授って一体どんな役職なんです?」 石川大学病院の非常階段。 この踊り場で三波は看護師と落ち合った。 二人は人目を忍ぶようにそこで会話を続けた。 「名誉教授っていうのはうちの病院にとって功績があったと認められた人に与えられる称号です。名誉教授っていう役職があるわけじゃなくて、あくまでも飾り的なものです。」 「え?て言うと天宮先生は今はここで教鞭をとったりとかしていないってことですか。」 「はい。昨年の引退と同時に名誉教授の称号をもらったって感じです。」 「あぁ…そうなんですか。あ、でもやっぱり今回の事件については結構騒動になってるんでしょう、ここの病院。」 「はい。なにせ引退しても時々顔だしてましたからここに。」 「引退後も…ですか。」…

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第75話【前編】

3-75-1.mp3 「ビショップ。お前曽我の実行部隊が殺されたことは知ってるか。」 「え?何だそれ。」 「現場の近くで遺体で発見されたらしい。」 「なんだって…。」 「俺の近くで死人が出るのは困るんだよ。」 「すまない…。」 「すぐにヤドルチェンコに確認とってくれ。」 「わかった。」 ホームに背をもたれた紀伊はため息を付いた。 ーなんだ…俺らの知らないところで何が起こっている…。 しばらくして電車がホームに入ってきた。それに乗り込んで車両の一番隅の席につくと同時に男が隣りに座ってきた。 「捜一は何をやってる。」 「何の事言ってるんだ。」 「曽我という男が殺されただろう。」 「ああ。あれか。」 「通報の無線も捜査の進捗も一切こっちに入ってきていない。」 「必要なしと認めたんだろう。」 「なに?」 「殺人事件は特高のシマじゃない。お前らはあくまでも政治警察だ。」 「そうだが…。」 「政権肝いりで創設された部署ってことでいろいろ配慮してるにも関わらず、目立った成果が得られないどころかここに来て失態続き。いい加減頭にきた感じなんだろう。」 「お前もそう思ってるのか。」 男は首を振る。 「犯罪を未然に防ぐのがお前らの仕事。目に見える成果なんか得られるわけもないだろう。上の理解が足りないだけさ。」 「上って?」 「さぁ…。誰だろう。」 「捜査一課の課長か。」 「上の方の考えてることは俺はわからんよ。その上かも知れん。」 「…

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第74話

3-74.mp3 公安特課機動捜査班のフロアには常時20名程度の人員が詰めている。部屋の中央には大きなセンターテーブルが置かれ、それを囲むように各捜査員のためのパーテーションで仕切られたスペースがある。 ここに戻ってきた紀伊は部屋の主である片倉の席の方を見た。そこはまだ空席だ。 「班長はまだ?」 紀伊は近くの捜査員に声をかけた。 彼は片倉の席をちらっと見て応える。 「ええ。ごらんのとおりです。今日は殆ど空けてますね班長。何かあったんですかね。」 「そうだな…。」 「主任ご存じないですか。」 「あぁ、何も聞いてない。」 「あの…それってどうなんですかね。」 「うん?」 「仕事柄秘密裏に動くのは仕方ないですけど、少しは部下の俺らにも言ってくれないと、正直不信感が募りますよ。」 「やめろ。そんなネガティブな事言うな。」 部下の愚痴を注意した紀伊は自分の席に移動した。 「主任の自己犠牲の精神は立派だ。部下の鏡だよ。けどね。人間、班長みたいな人間ばっかりじゃないんだよ。現に、君の部下から僕は片倉班長に関する苦情を聞いている。あぁご心配なく。君がいま思い浮かべている人物以外からも。」 「上司を思いすぎるために部下をないがしろにするのは良くないよ。紀伊主任。」 「いい?僕は困ってるの。片倉班長に。」 「だから君にヒントをあげたんだ。特高を頼むよ。」60 ーもしかして俺が思ってる以上に、特高内の不満は高まってるのか…。 椅子の背もたれに上着を…

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第73話

3-73.mp3 「帰ってきたか…。」 部屋に返ってきた椎名の行動はいつもと変わらない。 台所の隅の定位置に手にしていた鞄を置き、一旦洗面所の方に移動。手洗いうがいをし、ふたたび台所に戻ってきた。 床に置かれた鞄からラップトップを取り出し、壁を背にしていつもの席に座る。 「お、さっそく何するんけ。」 椎名がUSBメモリをパソコンに刺すのを見て富樫は手元のキーボードに手をやった。 「ちっ…椎名のやつWi-Fi切っとるがいや…。」 ネットワークを経由して椎名のパソコンに侵入し、彼がなにをしているのかを探ろうとした富樫だった。 しかしその方法を取ることができないことを知り、彼は両腕を組んだ。 「ほうや…京子から貰ったデータやろあれ。本人に何のデータ渡したんか聞いてみれば椎名が何やっとるんかわかるがいや。」 富樫はBluetoothヘッドフォンを利用して、その場で電話をかけた。 「課長。富樫です。」 「なんだ。」 「椎名帰宅しました。」 「そうか。」 「いま京子から貰ったと思われるUSBを自分のPCにぶっ刺しとります。けどWi-Fi切ってあるんであの中にはいれません。」 「そうか…。」 「あの…自分思ったんですけど、これ直で京子にあたるっちゅうのはいかんがですか?」 「直で?京子に?」 「はい。」 「だめや。」 「なんでですか。」 「だめなもんはだめ。」 「でも手っ取り早いですよ。椎名のやつが何やっとるんか知るには。」 …

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第72話

3-72.mp3 「わかった。木下の周辺には警護をつけさせる。」 「お願いします。」 トイレの音 トイレの水を流してそこから出ようとした時、相馬はこの空間にも貼られているポスターに目が行った。 ユニフォーム姿の女性がオフィスで出たゴミと一緒に腹の出た不潔な男たちを束ねてゴミ箱に捨てるという、若干ジョークめいた内容のデザインだ。画面の下部には白色の文字に赤色の枠で縁取りされたキリル文字が大きく配されている。 「Давай очистим…。掃除をしよう。」 相馬は苦笑いした。 「あれ?」 彼の視線はそのキリル文字の枠線に止まった。 キリル文字の枠線となる赤色を作り出している箇所は網点の集合体のようなもので色を作り出しているようだった。しかし、その網点の形状がどうも変だ。彼は顔を近づけてそこをよく見た。 「え…。」 日銀券の地模様がローマ字のNIPPON GINKOで構成されているように、この文字の赤の枠線もマイクロ文字で構成されているではないか。そこに書かれている文字が何なのかを知り、相馬は戦慄した。 「KILL JAP…。」 この無数の文字の集合体が掃除をしようという言葉の縁を型どっている。 動けなかった。 さっきまでコミカルにさえ見えたこのデザインの意味は180度変わってしまった。 「どういうことや…。まさか店の中に貼られとるやつも全部そうなんけ…。」 そう考えた瞬間、寒気立った。 彼は静かにボストークのトイレ…

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第71話

3-71.mp3 「普段はしょっちゅう鼻啜ってて、言葉に支えるようなところがある医者。でも別に吃音だとかじゃない。とにかく喋りがとろい。そしてどこかオドオドしてる。そんな医者が人が変わったように流暢に喋り、かつ乱暴な言動が目につく。」 「はい。人格の豹変ぶりはまさにマンガとかに出てくる二重人格といった具合でした。」 「それがこの世のものとは思えない情景だった…。」 「はい。」 「…木下さんはその二重人格の人って今までに見たことあるんですか?」 「ありません。今回が初めてです。」 相馬は自分の顎を掴んだ。 「うーん。」 「にわかに信じがたいと思います。けど本当なんです。とにかく本当に普段と別の人格が現れたんです。」 「で、その別人格が医学生に何を?」 「ある先生のところに行って調べ物をしてこいって。」 「ある先生?え?」 木下の説明はある先生とか医学生といった抽象的な人物が出てくるため、頭の中の整理が付きづらい。 できれば固有名詞を出して順を追って説明してくれたほうが全体像が掴みやすいと、相馬は木下に提案した。 「じゃあAさんとかBさんでいいですか?」 「いや…それだと何だか直感的にわかりにくいので、できれば実際のお名前で。」 「でも…。」 「大丈夫ですよ。誰もこんなところで聞いてません。」 木下は店の中を見回した。 店内の誰もが他の客には何の関心も示していない様子だ。 銘々が自分の世界に入り込んでいる。 彼女は相馬の提案を受け…

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第70話

3-70.mp3 東京六本木。 夜のここを行き交う人々は多国籍であり、外国かと錯覚させる程である。 この雑踏をひとりあるく白人男性がいた。 「Вы все сделали?」 全部終わった? 「Сога закончилась.」曽我の件は終わりました 「Только сога?」曽我の件だけ? 「Да.」 「Что ты имеешь ввиду.」だけって…どういうことだ 「У меня проблема.」問題が発生しました 「Проблема?」問題? 「Кажется, наше существование известно. За мной следили.」我々の存在は察知されているようです。尾行されました。 「Стереть это.」消せ。 「Он не смог.」失敗しました。 「Неудача?」失敗? 「Да да」はいそうです 「Что это за человек?」どんなやつだ。 「Я думаю это полиция.」警察関係でしょう。 「Ты прячешься.」お前は身を潜めろ。 「Да.」 携帯を切ったこの白人男性はコンビニに入った。 そしてそのままトイレに向かった。 中に入ると洋式便所がある。その上部には据え付けの棚があり、予備のトイレットペーパーや消臭剤が置かれている。 彼はその棚の底のあたりを手で弄ると、指に何かが引っかかった。 テープで貼り付けられているそれを剥がし取ると、それはSI…

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第69話

3-69.mp3 天宮憲之の住まいの前には黄色の規制線が張り巡らされ、あたりは騒然としていた。 鑑識と思われる警官がマンションの通路に這いつくばって、事件の手がかりを探しているかと思えば、無線でなにかのやりとりをしている私服警官もいる。 同じマンションの住人たちが心配そうな顔でその様子を遠巻きに見つめていた。 その住人の一団を割って男が現れた。 彼は張り巡らされていてる規制線を潜り、その中に入ろうとした。 「こら!何だ君は。」 警官がとっさに彼を止めた。しかし彼は警官を振り払って先に進もうとする。 「おい!待て!」 「離して…。」 彼の声には力がない。 しかしそれとは裏腹に警官の静止を振り切ろうとする力は凄まじい。 「離して…。天宮先生はどこ?」 「待て…君は天宮先生の何なんや…。」 「いわゆる愛人ですよ。」 「え?」 羽交い締めにしていた警官の力が緩んだスキを突いて、それをすり抜けた彼は扉の中に入った。 下足類が散乱する玄関に立つとそこにいた私服警官と目があった。 「何だ君。」 「千種です。天宮先生に用事があってきました。」 「千種?用事?家族でもない人間が何の用や。部外者は立入禁止や。とっとと出てって。しっしっ。」 「部外者じゃありません。」 「は?」 「先生とは特別な関係です。」 靴を脱いだ千種は部屋に上がろうとしたところを、再び静止された。 「おい待て。いまは立入禁止や。」 「離せって。」 「おい…

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第68話

3-68.mp3 「ねぇ。本当に曽我のやつ、マンションの中に入ったの?」 「入りましたよ。この目でちゃんと見ました。」 「だったらヤバいかも。」 「え?ヤバいって?」 パンを食べていた神谷はそれをコーヒーで流し込んだ。 「すいません。なんでヤバいんですか。」 「だって電気つかないし。」 「寝てるのかもしれませんよ。」 「そうだと良いんだ。そうだと。」 神谷は双眼鏡を覗き込んだ。街灯の明かりが曽我が住む部屋のベランダを辛うじて照らしている。 部屋には明かりがついていない。 「マンションの中に入るときの曽我の表情とか覚えてる?」 「表情ですか?」 「うん。例えばなんか落ち着きがなかったとか、ソワソワしてたとか、顔色が悪かったとか。」 「そんなこと言われてみると…それ全部該当するような気がするんですけど。」 「そう…。」 「あの…ヤバいってどうヤバいんですか?」 「曽我、後ろ見たりとかしてた?」 「え?後ろですか。」 「うん。誰かが付けてるんじゃないかとか気にしてたようなことは。」 「えっと…付けてるかどうかは知りませんけど、たしかにそういう素振りは見せていました。」 「よし。ちょっと俺行ってくる。」 そう言うと神谷は車から降りた。 「ちょ…神谷さん。俺はどうすれば。」 窓を開けた雨澤は神谷に声をかける。 「雨澤くんはここで今まで通り曽我の家見張ってて。で、なにか気になることがあったらすぐに俺に連絡くれるかな。」 …

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第67話

3-67.mp3 「え?ちょっと困ります。」 男がこう言ったのを耳にした相馬は、声のするカウンター席の方を見たが、スーツを纏った男の後ろ姿が見えたただけだった。 「どうしたんですか。」 木下が相馬に声をかけた。彼女はすでに席に着いていた。 「あ、いや…。何でもありません。」 相馬は彼女と向かい合って席についた。 すぐさまおしぼりと水が二人の間に出された。 「この店は…。」 「なんだか最近SNSで話題のお店で、一回行ってみたかったんです。」 「あぁそうなんだ。木下さんも初めてなんですか。」 「はい。」 おしぼりで手を拭きながら相馬は店の中に貼られているロシア・アヴァンギャルド的ポスター類を眺めた。 ー見た目だけか…。よかった…。これで労働とか連帯とか共産主義彷彿させるコピーが入ってたらかなりガチでヤバめなんやけど…。 「変わってますね。このポスター。」 「そうですね。」 「これってロシア語ですかね。」 「多分そうだと思いますよ。キリル文字って言うんだったと思います。ネットで見たことあります。」 「なんかこの店が話題になるのもわかるなぁ…。」 木下の表情がどこか明るく見えた。 「どうしてですか?」 「妙に惹かれるんですよね。わたし。東側の兵器とか雰囲気。」 「あぁ…わかります。それ。」 「わかります?」 「ええ。言葉になかなかできないんですけど、例えば武器とかだったら何ていうか機能性だけを追い求めたらこうな…

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第66話

3-66.mp3 石川大学病院の職員通用口。日勤を終えた看護師たちが続々と出てきた。 開放感溢れた表情で出てくる者もいれば、疲れ果てた様子のものもいる。仲の良い看護師同士で愚痴めいたことを話している者もいれば、それらとは距離をとっている者もいる。 その一団が病院から出て、人気がなくなった頃に木下すずが現れた。 一度空を見上げて降り注ぐ雨の様子を確認した彼女は、傘を差しうつむき加減で歩き出した。 「木下さん。」 雨の音に混じって自分の名前が呼ばれた気がして彼女は足を止めた。 「木下さん。相馬です。」 声は自分の後ろ側から聞こえた。 振り返ると、日中外来にいた患者の男が立っていた。 「あ…。」 「ごめんなさい。待ってました。」 「…。」 「ミリ恋の話がしたくて、木下さんからの連絡待ってたんですけど、何も動きがなかったんで、どうにもならなくって出待ちしてしまいました。」 「…そうですか。」 「迷惑でしたか?」 木下はうなずいた。 「すいません…。」 「あ…いや…ミリ恋の話はそれはそれで全然、私いいんですけど…。」 「え?…じゃあ…。」 「ただ…いまはそんな気にならなくて。」 このときの木下は『ミリアニ好きが恋しちゃだめですか』という本の存在を見ただけで食いつきが良かった日中の様子とは打って変わって距離を感じさせるものだった。 ひょっとしてあれから仕事の上でなにかのトラブルが発生し、思い悩んでいるのか。それとも単に疲れただけな…

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第65話

3-65.mp3 東京第一大学附属病院の外来診療棟と隣接して設置されている臨床研究棟。 ICチップ入りの入館証を持つものだけが、この建物の中に入ることが許される。 インターホンの音 このセキュアな建物の外でブリーフケースを手にして立っている男がいた。 片倉である。 濃紺の仕立ての良いスーツを着用した彼の外見は、どこか品の良さを感じさせるものだった。 第三者が見ていわゆる刑事(デカ)であると判断される出で立ちではない。 警視庁公安特課機動捜査班を指揮する立場にありながらも、普段は現場を駆けずり回るため、彼の足元には底のすり減った革靴があるのが常なのだが、今の彼の両足には鏡のように光る手入れの行き届いたものがあった。 白衣姿の男が鍵のかかったガラス製のドア越しに見えた。彼は壁側に設置されているなにかの端末を操作している。 鍵が開かれ、白衣の男がドアを開いた。 「どうぞ。」 「ありがとうございます。」 「ここで靴を脱いで内履きに履き替えてください。」 「はい。」 スーツ姿の彼は言われたとおりに靴を履き替えた。 「とりあえず何も言わずに私についてきてください。」 「わかりました。」 男はスタスタと歩きだした。 中に入ってすぐのところに守衛の詰め所のようなものがあった。 制服姿の守衛は白衣の男を見て敬礼した。 「すいません。私の客人なんです。」 「そうですか。それでしたらここにお客さんの名前、住所、連絡先、勤務先を書いてください。」…

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第64話

3-64.mp3 椎名は片倉を後ろ姿を見送って駐車場の方に移動した。 ーなんだ…領収書切るって…。 ーあ…そうか。俺が仕事を請け負って、その見返りに金を貰う。確かに受け取りましたって証拠が、ちゃんフリにいるってことか。じゃないと金の動きがわかんないもんな。なるほど、買い物のたびに貰うあの紙ペラを俺が発行しないとこの手の副業も成立しないってことか。全く几帳面な商習慣だよ。 ーまさか今日の俺、京子に怪しまれてないだろうな…。いい歳こいてそんな商習慣も知らないのはおかしいって思われてないだろうな…。 車に乗り込んだ椎名はため息を付いた。 「やっぱり俺が誰かと接触するとどこかでボロがでる可能性がある。やっぱりプランC(エス)に切り替えよう。とにかくぐちゃぐちゃにすれば良いんだ。」 携帯でSNSをチェックすると、大学立てこもり事件の話題は収束し、今度は神奈川県で銃の乱射事件があったとの話題で持ちきりだった。ここ数日の立て続けの凶悪事件の発生で世論はなにかの異変を感じ取ったのか、SNS上で混乱を感じとることができた。椎名がSNSを開いてものの3分も経たないうちに、今度は大阪でも自家用車の暴走、続いて福岡で異臭騒ぎと凶悪事件の連鎖が起こっていた。 「足りない。」 SNSのタイムラインを眺めるも、凶悪事件は連鎖的に多発しているが被害者が出たという報道には未だ触れていない。どれもが犯人逃亡もしくは自殺である。 「あと一歩足りない。」 エンジンを掛けるとダッシ…

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第63話

3-63.mp3 椎名が店に吸い込まれて行く様子を見届けた富樫は、その看板に書かれている文字を見てつぶやいた。 「ボストーク…。」 築60年のリノベーション物件。今どきの洒落た外観は富樫のような老人を快く受け入れてくれそうな雰囲気を持っていない。彼はため息を付いた。 携帯操作音 「岡田課長。」 「なんだ。」 「椎名のやつ駅の近くのボストークっちゅう店に入りました。中に入るとワシの面が割れてしまいます。」 「分かった。交代を派遣する。」 「あの、けっこう洒落た今どきの店ですので、その手のいい感じの人間をお願いします。」 「ああ任せてくれ。」 電話を切ってしばらくするとスーツ姿の紳士風の男が小綺麗な出で立ちで現れた。左手に革製の鞄。右手で傘を指している。 白髪頭に黒の太い縁のメガネをかけた彼は、物陰に隠れてこっそりと店の様子を観察しているはずの富樫の瞬時に発見して目を合わせてきた。 瞬間、富樫は思わず声を出した。 「え?」 白髪黒縁ネガネの男は富樫に不敵な笑みを見せてボストークの中に入っていった。 それを見届けた富樫は肩をすくめた。 「おいおい…。そうきたけ。」 店に入る 「いらっしゃいませ。」 店に入ってすぐのカウンター席に立つ店主らしき髭面の男がこちらを見た。 「カウンターでもいいですか。」 「うん。ここ座っていいですか?」 客は店内を見渡せる位置にあるカウンターの席を指差すと、店主はうなずいてそ…

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第62話

3-62.mp3 警視庁公安特課機動捜査班。 そのセンターテーブルに過去の捜査資料を広げて何かを調べる男がいた。 「紀伊主任。」 「うん?」 「時間ですよ。」 「あ?」 紀伊は壁にかけられている時計に目をやった。時刻は18時15分だった。 「どうした?」 「何いってんですか。主任言ったでしょ。15分後声かけてくれって。」 部下を見つめた紀伊は固まった。 「…え?」 「遅っ…。」 「そんなこと言った?」 「あの…ちょっとまって下さいよ。大丈夫ですか主任?百目鬼理事官見送って15分後に俺に声かけてくれって言ったじゃないですか。」 今度は自分の腕時計に目を落とす。 5秒ほどして紀伊は突然慌てた様子でテーブルの上を片付けだした。 「あぁいいですよ。自分やっておきますから。」 自分の予定を完全に忘れ去るほど仕事に没頭しているのか、それとも疲れがピークに来ているのか。 上司である紀伊の様子を見かねた彼は代わりに片付けだした。 「悪ぃ。」 「どこ行くんですか主任。」 「ちょっと待ち合わせしてたの思い出した。」 「女ですか。」 「いや。」 「なんだ…仕事ですか…。」 「うん。」 「はぁ…相勤はどうです?」 「いやいい。俺だけでいい。」 「留守どうします。」 部下は空席である班長席を指差しながら紀伊に言った。 紀伊は特高部屋を見回した。ここには自分と目の前の部下、そして他に5名程度の人員が詰めている。 「…

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お便り4

おたより3-4.mp3 今回お便りくださったのは塩肉さんです ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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第61話

3-61.mp3 時刻は17時半。外来診療は終了し東京第一大学附属病院の様子は昼間と打って変わって落ち着いた空気に包まれていた。 診療科ごとに設けられた受付窓口で、事務員がパソコンを操作し何かの入力作業をしていると思えば、その奥から時々談笑が漏れ聞こえる。 片倉はその中の一つの心療内科の前に立った。 「何か用ですか。」 受付の女性が片倉に声をかけた。 「あの曽我先生はいらっしゃいますか。」 「失礼ですが、どちら様ですか。」 「ドットメディカルと申します。」 そう言って片倉は名刺を彼女に渡した。 「ドットメディカル?」 「はい。」 女性は聞き覚えのない社名であるといった顔つきである。 「お約束か何かですか。」 「いえ。」 「先生はお忙しいので、約束のない方とお会いにはなりません。」 「約束はありませんがついこの間も先生とお話してまして。」 「でも今日はアポ無いんでしょ。」 「はい。」 女性は困ったような表情を見せて一旦席を外した。そして奥の方で誰かと何かを話して戻ってきた。 「先生は本日から3日間お休みを頂いています。」 「え?お休み?」 「はい。」 「あ。あぁ…そうですか…。」 「なので日を改めてください。」 「今日から3日ってことは、火、水、木…。金曜ですね。先生がいらっしゃるのは。」 「はい。」 「ご親切にありがとうございます。」 片倉は女性に向かって丁寧に頭を下げた。 携帯操作音 …

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お便り3

おたより3-3.mp3 今回お便りくださったのは前原一人さんです ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【公式サイト】 http://yamitofuna.org 【Twitter】 https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。 皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。 すべてのご意見に目を通させていただきます。 場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。

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第60話

3-60.mp3 「お客さん…警視庁の正面って、本当に正面ですか?」 「本当に正面ってどういうこと?」 「ほらあすこ正面に鉄柵してあったり警官が立ってたりで中に入れない感じになってるじゃないですか。」 「あったりまえじゃん。帝都の治安を司る警視庁だよ。警備は厳重さ。」 タクシー運転手は右手に見えてきた皇居外苑の姿に目をやった。 「そんなガチガチんところに俺が運転するタクシーなんかがしれっと横付けなんて本当にできるんですかい?」 「なに言ってんの?俺の勤め先だよ。会社だよ会社。従業員がやむなくタクシーで通勤することになっただけ。」 「はぁ…。」 「ビビってないで堂々とズザーッって突っ込んで。重役の到着って感じでさ。」 築地方面から走ってきたタクシーは桜田門の交差点前まで来た。テレビなどでよく見る台形の警視庁の建物がそびえ立っている。その正面では鉄柵をいそいそと動かして通路を開けている警察官の姿があった。 「そのまま左に曲がって。」 言われたとおりタクシーは交差点を曲がる。 「赤レンガの前でUしてそのままその通路から入って。」 運転手は言われたとおりに車を操り、警官が立つ通路に滑り込んだ。 百目鬼は窓を開け鉄柵は開いた警官に敬礼する。すると彼もそれに敬礼で応えた。 ーこのあんちゃん…いったい何者… 正面玄関前に到着するとそこには3名の背広姿の男たちが立っていた。 「ありがとさん。そこに立ってる奴からタクシーチケットもらって…

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第59話

3-59.mp3 朝から振り続ける雨は、いつもよりも早い夕闇が訪れていた。 前照灯を灯した彼は携帯電話を操作し電話をかけた。Bluetoothヘッドホンを装着する彼はハンドルを握ったまま口を開く。 「三好。」 「なんや。」 「ちゃちゃ入ったわ。」 「え?もう?」 「岡田課長から椎名のマークを一旦やめろって。」 「課長から?」 「ああ。」 「どいや…ってか課長ねんろ。椎名つけろっていったんは。」 「おう。椎名の尾行バレたらワシか課長のどっちかがモグラの可能性があるって言っとった本人がやっぱやめろって。」 「その言いっぷり真に受けると、どっちがモグラか課長には分かったってことか。」 「…そうなるな。」 「なんやワケワカランな。」 Bluetoothヘッドホンを装着したまま富樫はそのまま車を運転する。 「まぁお前は一旦離脱してくれ。」 「わかった。」 「こっからはワシがやる。」 「頼む。」 さっきからずっと椎名の車のルームミラーに映っていた白いバンは、 ウィンカーを出し交差点を曲がって姿を消した。 「早い…。」 椎名は再び携帯を通話の状態にし、その受話器に指をあてがった。 「消えた。」 -・-・・ -・--- -・  「よし。」 -- --・-・  「早い対応助かる。」 -・・・ ・-- ・- -・ ・- ・-・・・ ・・-   -・ ---・- ・-・・ -・--・  「礼には及ばん。」 --- ・- -・…

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第58話

3-58.mp3 「おい聞いたけ。今度は目黒の大学で立てこもりやって。」 「マジけ。」 「こうも立て続けってどうかしとると思わんけ。」 「あれけ、ツヴァイスタンとかの…。」 「さぁ分からんけど、ほれやったら大事やぞ。」 「連続テロ事件みたいな?」 喫煙ルームから漏れ聞こえる会話を耳にしながら椎名は鞄を担いで会社を後にした。 「現在MHK第一放送では東京目黒区で起こった人質事件の中継を地上波テレビ放送と同じ音声でお届けしてます。」 「社会部の氏家さん。犯人はなにやら妙なことを口走っているとかと聞いていますが。」 「はい。人質をとって立てこもっている犯人は当初から【日本を壊せとか潰せ】と何度も叫んでいるようです。」 「え?それは我々に向かって言ってるんですか?」 「わかりません。警察では犯人が極度の興奮状態にあるため口走っている言葉ではないかと考えているようです。」 「…はい…えーたった今人質事件に動きがあったようです。事件現場の大学キャンパス付近からお伝えします。」 「はい。先程、犯人に人質の解放を呼びかけていた警官が建物の中に単身で乗り込みました。現在現場はその様子を見守っている状況です。あ!女性です!人質と思われる女性が開放された模様です!女性が走って外に出てきました!ひとまず人質は開放されたようです!」 「伏木(ふせぎ)さん。中には犯人と説得にあたっていた警察官が居たと思いますが、その二人はどうなんでしょうか。」 「はい。二人の姿はまだここからは確認…

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第57話

3-57.mp3 「あ、俺だよ。トシさん。」 「理事官ですか…。どうしたんですかこの番号。」 「いろいろ人間不信でね。これからは今までとは別の番号からそっちにかけることにする。」 「え…となると、こっちはいちいち見慣れん番号に警戒して電話に出んといかんことになるじゃないですか…。」 「そうだね。」 「わかりました別の機種を用意しましょう。」 「あ、頼める?」 「はい。」 「助かるよ。」 「…で、どうでした?」 「課長、知らなかったよ。池袋も新宿も。」 「え?」 「外からの情報は遮断されてるみたい。監視の目も厳しいから本当に簡単に課長に説明した。車が群衆に突っ込んだとか、ヤドルチェンコ警戒中に一般人がが刃物を持って暴れだしたとかって。…もちろんウ・ダバとかツヴァイスタンの影がちらちらしてるって敢えて言ったけどね。」 「で課長は。」 「俺の目を見てすぐに分かったみたい。適当に合わせてくれたよ。」 「流石。」 「東倉病院、池袋、新宿。こいつらがウ・ダバとツヴァイスタンの共同戦線ってのはどうも弱いんじゃないかって。」 「どうして。」 「具体的な理由は聞き出せていない。なにせ監視が厳しいからね。でも雰囲気的には俺らの見立てと同じじゃないかな。我が国と友好関係を築こうとしてるツヴァイスタンが、いまこの日本にテロまがいのことをしても何の得もない。ウ・ダバにしてもそのリーダー格であるヤドルチェンコを特高が常時監視中。今のところ変な動きは見せていない。この現状を知ってて一連…

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第56話

3-56.mp3 東京駅の新幹線のりば。その改札近くの柱に寄りかかって、ひとり佇む男がいた。 多くの人が行き交う場所で一箇所にじっと立つのは、何かの目的があってのこと。 大事な人の到着を待つであるとか、出発までの時間が妙にあるため、とりあえず足を止めて時間を調整しているかのどちらかの理由が考えられる状況だが、彼はどちらでもなかった。 彼は敢えてこの人混みの中にその身を置いていた。 「はい。」 「俺だ。」 「あっ情報官。」 雑踏の音が電話越しに聞こえる 「肩書はやめろ。他に聞こえる。」 「はい。すいません。」 「ったく…百目鬼…どこまでお前はうっかりさんなんだ…。よくそんなで理事になれたもんだ。」 「これだけ雑だから生き残ってるのかもしれませんね。」 「お前いまどこに居るんだ。」 「東京駅です。」 「なんでそんなところにいるんだ。」 「ちょっと野暮用がありまして。」 「あのなぁ…。」 「わかっています。目黒の件でしょ。」 「わかってんだったら、なんとかしろ…。」 「何とかって…人質事件は刑事部と機動隊のヤマです。え?陶さん。まさか目黒の人質、ウ・ダバとかと何か関係あるんですか?」 「いや…そんな話はこっちに入っていない。」 「だったら畑違いです。素人が首突っ込む話じゃありません。」 「ふぅ…。」 電話の向こう側からため息が聞こえた。 「あ、ありがとうございました。」 「いや別に。」 「おかげで松永課長と会えました。」 「…

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第55話

3-55.mp3 「たった今入ったニュースです。」 テレビの人物がこう言うと、画面下に「大学キャンパスで立てこもり事件」の文字が表示された。 「今日、正午ごろ東京目黒区の大学キャンパスで男が人質をとって立てこもる事件が発生しました。現在警察は犯人の説得を試みていますが負傷者がでているようです。今日正午ごろ、東京目黒区にある大学キャンパスで、突然男が騒ぎ出し、刃物をもって暴れだしました。大学関係者がその場に駆けつけ、男を取り押さえようとしたところ、男はそれを振り切り、女性を人質にとって教室内に立てこもったようです。取り押さえようとした際、大学関係者の中に数名の負傷者が出ており、内、一名が現在重体であるとの情報も入ってきています。男が立てこもる教室内には人質に取られた女性以外に複数名の男女が閉じ込められているようで、現在警察では人質の解放を犯人に呼びかけています。」 「おいおい…なんだこれ…。」 テレビを見ていた黒田が唖然とした表情で呟いた。 それに側にいた三波が応える。 「…病院の中でノビチョク巻かれたり、車が群衆に突っ込んだり、無差別通り魔事件があったり、今度は大学で人質事件…。この立て続けっぷりは異常ですね…。」 「ノビチョクも車が突っ込むのも、通り魔もド級の事件。それが連発。どうなってんだよ東京は…。」 「それにしてもこうも次から次ですと、報道する側もその整理が大変ですね。」 「俺らみたいなネットメディアならニュース別に少数で随時更新で対応できる…

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第54話

3-54.mp3 「なんで…嘘でしょ…。」 物陰に身を潜めた木下は体の震えが止まらなかった。 ー千草ってあの子、学生でしょ…。光定先生、あの子に何やってんの…。 ー曽我を消せって…。曽我ってあの曽我先生? ービショップってなに?天宮先生が死んだ?証拠隠滅? ーってか光定先生、様子が変だよ。普通に喋れるじゃん…。 「あれ?」 「ひいぃぃぃ!」 木下は手にしていた封筒が入っている段ボール箱を落としてしまった。 「はぁはぁはぁ…。」 「き…木下くん?」 「み…光定先生…。」 「ど…うしたの?様子…変だよ…。」 「あ…あぁ…ははは…。ちょちょっとあの、書類保存用の封筒が切れちゃって、備品庫に用があって。」 「あの…それは見ればわかるけど…。」 「あ…あぁ…そうですね。」 「なんでそんなにビビってるんだって聞いてるの。」 光定の声色が変わった。 「あの…その…。」 「何にビビってんのさ。」 「せ…先生!」 急に大きな声を出した木下に光定は一瞬怯んだ。 「な…なに…。」 「普通に喋れるんだったら普通にしてください。」 「え?」 「いま先生、なにビビってんだって私に行った時、普通でした。かなり怖かったけど。」 「あ…あ、そう。」 「こんなところで電話するなんて誰だろうって思ったら光定先生で、でも言葉に詰まる感じもなくて鼻もすするわけじゃなくて普通に話してて意味わかんなくて、混乱してました。そこで急に先生に声かけられて…

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第53話

3-53.mp3 昼食を終え、裏口から病院内に入ろうとしたとき、寝袋のようなものに包まれたものがストレッチャーに乗せられて運ばれている事に気がついた。 ー検死…。 「痛っ…。」 結構な勢いで肩がぶつかったため、光定はよろけた。 「あ!すいません。」 彼は咄嗟によろめく光定の体を受け止めた。 「おっとっと…すいません。ちょっと急いでて…。」 「い…え…。」 お互いが胸につけているネームプレートを見る。 光定に体当たりをしてきたのは法医学の助教だった。 「あ、光定先生ですか。」 「あ…はい…。」 彼は改めて光定と正対した。 「残念です…。」 「え?」 「そうですか…先生は…まだご存じないんですね。」 「なん…のこ…と?」 「天宮先生です。」 「え…?」 「いま運ばれていったの天宮先生のですよ。」 「え…ちょっとまって…。どういうこと?」 「わかりません。いまから自分が検死しますんで。」 光定はとっさに彼の手を掴んだ。 「ちょ…先生。本当に自分今すぐ行かないと。」 「なんで先生が?」 「だからわからないんです。まぁ警察からの話ですと自宅で洗面器に顔を突っ込んで死んでたそうです。」 「え…それって自分で?」 「普通に考えたらそんな死に方できません。」 「…まさか。」 「だからそれを調べるんですよ。」 光定の手を振り払った彼は、駆け足でその場から立ち去った。 ー天宮先生が…殺された…だ…

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第52話 後半

3-52-2.mp3 おもわず空閑は車のブレーキを踏んでしまった。 「ツヴァイスタンって…社長…。」 「日本とは国交もない中央アジアの未開の国。ありえんだろ。」 ミラー越しに自分を見つめている仁川に気がついた。 後部座席から向けられる視線は圧倒的な殺気をまとっていた。 空閑は思わず身震いした。 「そのまま車を走らせるんだ。」 明らかに仁川の声色が違う。 空閑は言われた通りアクセルを踏んだ。 「妙な動きをした瞬間、君の脳みそがフロントガラスに飛び散るからね。」 撃鉄を引く音 「つ…着きました…。」 恐る恐るルームミラーで仁川の様子を伺うと、彼は窓の外を眺めていた。 空閑が運転する車は美川の小舞子海岸にあった。 外の雨は止む気配がない。 時刻は19時半。もちろん日は沈みきっており、あたりは漆黒の闇。波の音を遮るほどの雨の振り様だ。 「真っ暗だな。」 「は、はい。」 「これだけ雨降ってれば、誰にもバレずに上陸できたんだがな…。」 「な、何言ってるんですか?」 「あのときも僕のヘマで二人殺してしまった。」 「え?」 手にしていた拳銃のようなものを仁川は懐にしまった。 「しゃ、社長…いま、なんて?」 「殺した。二人。」 「こ、ころした?」 「ああ。」 ついさっきまで仁川は銃口をこちらに向けていた。 その行動が仁川の言葉の信憑性を補完した。 「僕は無益な殺生は好まない。妙な行動をしなければ俺は何…

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第52話 前半

3-52-1.mp3 8年前 雨音 車が走る 「空閑くん。今週末のコミュの参加者は?」 後部座席に座る男がハンドルを握る空閑に尋ねた。 「10名程度と聞いています。」 「村井が言ってたの?」 「はい。」 「そう…じゃあ7名だね。」 「え?社長どういうことですか?」 「彼はちょっと数字を盛る癖があるから。」 「…確かに。」 「まぁでも着実に定着してきてるからいいんだけど。」 「はい。まだまだ小さな所帯ですが、定期的に開かれるコミュは安定的な参加者を確保しています。時間が経てばそのうち大きくなりますよ。」 「そうだね。」 「なんてったってこっちには社長とバギーニャが居ますから。」 「僕はどうってことはないさ。バギーニャの力によるところが大きいよ。」 携帯電話が鳴った。 「おつかれさまです。仁川です。」 「やっちまったぞ。」 「なんですか?」 「おまえんところから派遣されてるSE。石大病院のシステム開発中にバックレた。」 「え…。」 「うちの主力チームの一員なんだよ。優秀なやつだったから結構な割合で仕事任せてたらこれだ。」 「申し訳ございません。」 「…いいよ。とにかくすぐ代役を派遣してくれないか。」 「代役ですか…。わかりました。とにかく私が現場に入ります。」 「え?そんなことはしなくていいよ。」 「代役はそんなに簡単に用意できません。それまでは私がつなぎで行きます。」 「お前が現場に入ったら会社が回らない。それは…

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第51話

3-51.mp3 「でも朝戸は僕の友人でもある。最後にもう一度だけクイーンとナイトではなく光定と朝戸で会わせてくれないか。」 この文面を見て空閑は動きを止めた。 「どうしたんだ。険しい顔してさ。」 「あ…あぁ…。」 「だれだよ。さっっきから。」 「あ…いや、塾生の保護者。」 「へぇ。お客さんのフォローってわけ?」 「まぁそんなところ。」 「どうなの?お前ンところの業界。」 「ん〜…厳しい。競争がきつくってさ。」 「あれか?値下げ競争的な。」 「一時期はそうでもなかったけど、最近はその傾向が如実に出てきてる。」 「デフレ再突入か。」 「そうだろうな。」 「ふぅ…また俺らみたいな連中が大量生産されるってわけか。」 「このままいけばそうなる可能性は高い。」 「ぶっ殺せばいいさ。」 「うん?」 「ビショップ、お前の競争相手も、デフレを引き起こす連中もみんな殺してしまえばいい。そうすりゃ問題解決さ。」 「まぁ…な。」 「まずは手始めにお前んところの競争相手を消そう。」 「まてよ。そんなことするとあっという間に足がつく。」 「あ…そうか。」 空閑と朝戸は郊外のコーヒーチェーン店にいた。 仕切りによってプライベートスペースが保たれる親切設計の空間。 周囲は適度に騒がしく、よほど注意して耳を澄ませないと会話は漏れ聞こえない。 「しっかし金沢に来てまでこの店に入るとはね。」 「こういう何の変哲もない場所が俺らみたいな人間にとって一番くつろげ…

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第50話

3-50.mp3 時刻は14時。 外来患者の診察をひと通り終えた彼は、自分の車の中で昼食をとっていた。 パンを齧りながら彼は器用に携帯電話を操作する。 「一時はどうなることかと思った。けど流石だなクイーン。君が処方してくれた強めの薬が効いたみたい。」 「副作用は。」 「それも心配ない。直接その目で見てもらった。金沢自分癒やしの旅って当初の目的は果たされつつあるよ。」 「そう。よかった。」 「今日はこれからナイトが言ってた自分のルーツを探る的な場所一緒に巡って宿へ届けることにするよ。」 「宿はどこ?」 「それは言えない。」 「どうして。」 「直接会うだろ。」 「だめか。」 「何度も言うように、君とナイトが直接接触するにはリスクが有る。公安が嗅ぎつける可能性は排除したい。」 「ビショップ。」 「なんだい。」 「時間の問題なんだ。」 「え?どういうこと?」 「ナイトはもう長くない。すでに脳の状態は限界まで来てる。」 「ということは…。」 「自分で死を選ぶ。」 「まじかよ…。」 「ナイトには山県という特別な安定剤があったからここまでもった。」 「まて、今回わざわざ直接投与したんだ。効き目はあるんだろ。」 「朝戸慶太という人格の洗脳という行為自体が人為的なもの。それを制御、維持するためにさらに人為的な投薬。その副産物である記憶障害、人格障害をさらに人為的に制御。心のすべてを人の手で制御するというのは到底無理なもの。いずれ破滅はやってくる。」 「リミ…

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第49話

3-49.mp3 「は?天宮が殺された?ついさっきトシさん直接調べとったんに?」 「おう。相馬が第一発見者や。」 「なんや…それ…。」 片倉は頭を抱えた。 「細かいことはあとでそっちに報告入るやろうし、そこらへんは置いとく。」 「あぁ…そうしてくれ…。」 「ひとつ興味深いことがあった。」 「なんや。」 「目の写真。」 「なに…。」 「目の写真が天宮んちの隠れたところの壁に貼られとったらしい。」 「なんじゃいや…それ…。」 通を歩いていた片倉は目の前に偶然飛び込んできた教会の姿を見つめた。 「あの目、そのものが神言うとったからな。天宮。」 「ふっ…隠れキリシタンって感じやな。」 「ほやな。ところで曽我の方はどうや。」 「一応会った。」 「どうやった。」 「なんや余裕のない感じやったぞ、あいつ。トシさんから聞いとった謙虚で正直な奴ってイメージはちょっと違うようやった。」 「ふうん…東一って環境が人をそうするんかな。」 「なんやそれ。」 「いや気にすんな。で曽我なんかおもろいこと言っとったか。」 「別に大したことは言っとらん。例のブツについては日頃の感謝の気持ちを定期的に形にしただけやって。」 「どういうこと?」 「天宮に世界各地の名産品とかを送っとったってさ。」 「はぁ?そんなもん今どき欲しいもんがありゃネットかなんかですぐに手にはいるがいや。」 「天宮はネットとかその手のことはとんとだめでいや。世界各地の名産品をマメに上納して…

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第48話

3-48.mp3 金沢市内某スーパーマーケット。昼時のここの惣菜コーナーにはスーツや制服姿の者たちが目立った。 その中に溶け込むように弁当類を物色する三波の姿があった。 「いらっしゃいませ。」 妙齢の女性が三波のレジをしてくれた。 バーコードを読み取る音 「298円です。」 「TDで。」 「TD支払いですね。そこのリーダーでお願いします。」 「ディンギ♪」 ふと彼女の胸元にかかる名札に目をやると、そこには安井と書かれていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー スーパーの搬入口からタバコを手にして出てくる制服姿の女性を見つけた。 「安井さん。」 自分の名前を呼ばれた彼女は立ち止まってこちらを見た。 傘をさした男がひとり立っていた。 「私ちゃんねるフリーダムの三波と申します。休憩時間にすいません。」 「ちゃんねるフリーダム…。」 「ちょっとご主人について聞きたいことがありまして、3分ほどお時間頂戴できませんか。」 「あの人が何か?」 「ここじゃ何ですから、ちょっと隣の公園でお話できませんか。」 「いいですよ。」 二人はスーパーの隣りにある公園の四阿(あずまや)に腰を掛けた。 タバコの火を付ける音 「安井さやかさんですね。」 「はい。」 「改めまして私、ちゃんねるフリーダム報道部の記者、三波と申します。ご主人の隆道さんとは仕事でよく一緒に組んでまして、大変お世話になってます…

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第47話

3-47.mp3 何の応答もない。 ー留守か…。 手をかけて扉を引くと、それはすんなりと開いた。 ーえっどういうこと…。 「天宮さーん。すいませーん。」 返事がない。 「こんにちはー。天宮さーん。郵便でーす。」 確認のため再度呼びかけるも反応はなかった。 扉の隙間から見える玄関の様子は古田が言っていたとおりの散らかり様だ。 老年の男がひとりで生活を営んでるとは到底思えないほど種々雑多な履物類が散乱している。 男物の草履のようなものがあると思えば、若年層が履きそうなスニーカー類もある。 はたまた女性もののパンプスがあったり、ブーツのようなものもあった。 ーどれもいうほど埃をかぶっていないな…。それにしてもなんでこんなにいろんな靴があるんや。こんだけの人間がいっつもこの家に出入りしとるとも思えんし…。 とにかく鍵をかけずに留守というのは不用心極まりない。 だからといって無断で住居に入って、留守番をするなんてこともできない。 ー困ったな…。 相馬はその場で電話をかけた。 「あ、古田さん。」 「おうどうした。」 「いま天宮の自宅の前にいるんですが、留守なんです。」 「あ?もうどっか行ったか。」 「まぁたぶんそうなんでしょうけど、鍵空いとるんです。」 「え?」 「玄関扉に鍵かかっとらんのです。んで呼びかけても何の返事もないんです。どうします?」 「不用心な…。部屋の散らかり様もそうやけど、そこんところま…

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第46話

3-46.mp3 「え?古田さんが?」 「あぁ、天宮のヤサで聴取しとったところ、あまりにもしつこいとかでPSに苦情が入って、PMが乗り込んだらしい。」 「本当ですか…。」 岡田ため息をつく。 「しかし古田さん、天宮の聴取って…。ここで随分思い切った行動を取りましたね。」 「だな。それで収穫があればいいんやけど」 「まぁ…。」 「何事にも慎重を期するあの人らしくない。何か焦っとるようにも思えるな。」 「不要な予算をマルトクに付けとる。なんて大蔵省が評価したら、せっかく充実させた安全保障関連の予算も見直しが必要とか言って、あいつら至るところにメスを入れかねん。」 「もしもそうなると安全保障予算を引っ張ってきた族議員は、その顔を潰されることになり、ひいては関係業者、団体の期待を裏切ることとなって、票を失うなんて心配もせんといかんくなる。」 「政治家と大蔵省の睨みがきつくなった警察は、世論という勢力を味方につけるため、彼らが最も納得する対応をする。それがツヴァイスタンやウ・ダバをとにかく取り締まれというもの。ここに乗っかって政治家と大蔵省からのプレッシャーを切り抜けようと考えた。」 「なんねんてそれ…。そもそもマルトクはそういう他からの干渉をなくして治安維持活動に専念できるようにって目的で設立された部署やぞ。」 「でも金がなくなればウチらは干上がります。」 「目に見える成果…か。」 「はい。」 「…しかもはよせんといかん訳やな。」 「おそらく。」36 …

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第45話

3-45.mp3 「で、どのタイミングで…。はい。了解しました。あぁ椎名ですか…。あいつは相変わらず何の動きもないようです。…確かに油断は禁物ですね。で、例の件は…なるほどこちらにお任せいただけるんですね。」 電話を切った古田はポリポリと頭を掻いて帽子をかぶり直した。 その帽子には大手配送会社の会社ロゴが刺繍されている。 「さてと…。」 インターホンを押す音 「はい。」 「宅配便でーす。」 玄関ドアが開かれた。 「天宮憲行(のりゆき)さん?」 「はい。」 「警察です。」 「え?」 すかさず古田は自分のつま先を玄関ドアの開いたところにねじ込んだ。 まるで昭和の押し売りのような強引な振る舞いに天宮は言葉を失った 帽子を脱ぎ、胸ポケットから警察手帳を取り出した古田はそれを彼に見せた。 「光定公信さんについてお聞きしたいことがあります。ご協力いただけますか。」 「…ありえない。なんて乱暴な。」 「私は法を犯すようなことは一切行っていませんよ。」 「…取り込み中です。日を改めてくれませんか。」 「何を待ってたんですかね。」 「何のことですか…。」 「何か待ってたんでしょ。ほやから宅配便の受け取りにあんたが直接出た。」 「家には私しかいません。」 「あれ?奥様は。」 「もうここにはいません。」 「あぁ…そうですか。それはそれは…。」 玄関先で話し込む古田の様子を怪訝な様子で見る隣人の姿が、天宮の目に映った。 …

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第44話

3-44.mp3 「って…。ってぇよぅ…。」 助手席で頭を抱えて消え入るような声を発するのは朝戸慶太である。 「立って歩けるか。」 「無理…。」 「ふぅ…じゃあちょっと待ってろ。」 「待って、置いていかないで…。死んじまう。」 「5分だけ我慢しろ。」 「待てよ…さっき10分我慢しろって…。」 「できるよな。」 空閑は車を出て走っていった。 自身の鼓動に合わせて頭に激痛が走る。 この頭痛には血流が影響しているのは素人でもわかる。 しかしなぜそれが頭という部位だけに起こるのか。 などとつまらぬ原因究明の思考をするも、それがためか痛みが激しくなった。 「あ…もう無理…。」 瞼によって閉ざされた彼の視界は暗闇から白みがかったものに変わった。 車発信した。 助手席の朝戸は窓から鼓門を見上げた。 「ビショップ。」 「うん?」 「さっきグロテスクで街にそぐわないって言ってたよね。この門。」 「…。」 「でも結果的に大衆に支持されてるみたいだから、これは正解なんだって。」 「ああ…。」 「正解かどうかは他人が決めることじゃない。自分が決めるんだと思うよ。ビショップがグロテスクだと思ったならそれはグロテスクなんだ。他人が評価しているから良いものだとは必ずしも言えない。」 「…。」 「別に金沢ディスるわけじゃないけど、ガラス張りのドームみたいなものと木造のへんてこな和風の門。正直微妙だと俺は思った。」 「そうか…。」 「…

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第43話

3-43.mp3 自販機の音 缶を開けて飲料を飲む 「相馬…?」 三波は手にしていたスマートフォンをポケットにしまった。 そしてベンチに座って缶コーヒーを飲む男をサングラスの中から見つめた。 ー間違いない。京子のやつ浮足立ってると思ったらやっぱり相馬がここに帰ってきてたんだな。 相馬は本に目を落としている。 ーそれにしてもあいつところで何やってんだ…。見舞いは基本午後からだから、え…まさかなんか病気でも抱えてんのかあいつ。 本を読んでいる相馬がこちらに気づく様子はない。 ー片倉は相馬が今この病院にいるって知ってんのかな…。まぁあいつのことだから、そんな事チクっても自分らのことに第三者が首突っ込むなって言うだろうな。 飲料を飲み干した三波はそれをゴミ箱に捨てた。 「相馬周。」 「え?」 自分の名前を呼ぶ声が聞こえて相馬は顔を上げた。 サングラスの男がそれを外した。 「あっ三波さん。」 「おう、覚えてた?」 「あ…はい。」 「久しぶりだね。」 「本当ですね。」 「どしたのこんなところで。」 「三波さんこそどうしたんですか。」 「俺?俺はちょっと知った人がここに入院しててそのお見舞いで。」 「あぁそうなんですか。」 「お前こそどうしたんだよ。」 「自分は…。」 手にしていた本を閉じた相馬は神妙な面持ちになった。 「すまない。ひょっとしてデリケートな部分に入り込んでしまったかな。」 「…いえ。…

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第42話

3-42.mp3 雨が降っていたため、外気は肌寒い。 車から降りた彼は後部座席においていたジャンプジャケットを羽織った。 「大学病院…。」 かけていたサングラスを少し傾けてそこから見える建造物を見た三波は 時折物陰に身を隠しながら、男の後を追った。 週明け午前中の石川大学病院の外来は混雑していた。 彼が付ける男は週明け午前の混雑する外来には目もくれずに、そのまま病棟の方へと向かった。 ー病棟って、誰かの見舞いか…。 病棟にある3機のエレベータ。そのうちのひとつに男はひとり乗り込んだ。 それが5階で止まるのを確認して三波もまた、そこに向かった。 エレベータの中の音 ー5階って何だ。 彼はエレベータの中に表示されている各階病棟の診療科を見た。 ー血液内科…。 エレベータを降りるとすぐそこにナースセンターがあった。 初めて来る場所であるため、三波の挙動がおかしい。 そのため彼はそこにいた看護師に声をかけられた。 「お見舞いか何かですか。」 「あ…はい。」 「面会は基本的に午後からですよ。」 そう言って彼女は立てかけられているPOPのようなものを指差した。 そこには『特段の事情がない限りの午前の面会はお断りします』と書かれていた。 「どちらさまですか。」 「え…。あの…。」 「用がないんでしたら出直してください。」 「すいません。」 三波は名刺を彼女に見せた。 「ちゃんねるフリーダム…?…

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第41話

3-41.mp3 「おい…。おい…。」 薄っすらと開いた目にぼんやりと人影が映る。 「大丈夫か。いい加減起きてくれ。」 ー起きる?何言ってんだ。俺は起きてるよ。 ゆっさゆっさと自分の体が揺さぶられているのに気がついた。 「おい。しっかりしてくれ。なぁ。」 ーあーめんどくさいなぁ…こいつ…そっとしてくれよ…。」 「おい!」 ビンタの音 頬がじんわりと熱を持っている。 そこに手のひらをあてがった彼はゆっくりと目を開いた。 男がこちらを覗き込んでいた。 「あ…。」 「あ…じゃないだろ…。大丈夫かよお前…。」 「あれ…。俺…こんなところで何やってんだ…。」 「え?」 「俺、なに…まさか寝てた?」 「あぁ…死んだように寝てたよ。」 「いつの間に…。」 あまりにも呆然とした表情の彼の様子が気になった。 「おい、お前俺のことはわかるか?」 「あ、あぁ…。」 「俺の名前は。」 「…ビショップ。」 「はぁ…よかった…。」 空閑はひとまず安堵の表情を見せた。 「随分疲れてるんだな。何やっても何の反応もしなかったんだぜ。本当に死んだのかと思った。」 「あ…すまない…。俺、全然記憶ないんだ。車に乗って、金沢駅の門を見上げて、目的地の場所をカーナビで見て…。」 「金沢の観光プロモーションビデオをカーナビに表示して、お前に見てもらってたらいきなり寝落ち。」 「え?」 「えって…本当に記憶ないんだな。」 …

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第40話

3-40.mp3 「着いたぞ。」 車を止めてエンジンを切り、助手席の方を見るもそこに座る朝戸は深い眠りに着いたままだった。 「ふぅ…。」 ため息を付いた空閑はシートベルトを外し、車の外に出た。 雨が降っていた。 ここはひがし茶屋街や主計町といった金沢の町家建築が立ち並ぶ観光エリア東山。 大通りから一本筋を入ったところに、昭和の薫りが立ち上る場所がある。 朝戸が泊まる宿はここにあった。 携帯操作音 「すまない。仕事中に。」 「な んだ 。」 「ちょっとだけ聞きたいんだけどさ。すっげー寝てるんだけど…。これ大丈夫?」 「…仕方 ないよ。」 「問題ないんだ。」 「う ん。」 「わかった。ありがとう。」 「あ。」 「うん?」 「早め に 見せて…。」 「あぁそうだね。」 「悪い影響が。」 「分かってる。すぐに連れて行くよ。」 携帯切る 死んだように眠る朝戸を空閑は見つめた。 「死んだはずの妹がそこで生活を営んでいる。そんなもん見たらむしろこいつの精神状態がおかしくなりやしないか…。」 「クイーンのやつもナイトのことになると正常な判断が鈍る傾向があるみたいだ。」 「あの人のように…。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ドアを開く音 足音コツコツ 椅子に座る 「すまんな。迷惑をかけている。」 「そうですね大迷惑です。」 百目鬼の目の前にガラス越しで座る松永の頬はこけ、目の下…

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第39話

3-39.mp3 「は?消えていっとる?」 「はい…。」 「どういうことや。」 IT捜査官はパソコンの画面を片倉に見せた。 「これが我々が昨日見ていたSNS上のコメントです。『ウ・ダバ 池袋 犯行声明』でフィルタリングしています。ご覧の通り、例のツヴァイスタン語の映像はウ・ダバ犯行声明だってことで次から次へと拡散されています。ちなみに関連するコメント数は10万です。」 「うん。」 「…でこちらが現在のもの。先ほどと同じようにフィルタリングすると…。」 「…なんじゃこりゃ。該当する件数がぐんと減っとるがいや。」 「はい。わずか200件。つまりこの数時間内で出本のコメントはおろか、それを拡散した二次三次のコメントの存在も消え去っているってわけです。」 「こんなことって…。」 「あります。」 「え?」 「ロシアの方で当初普及した『消えるSNS』ってやつです。」 「消えるSNS?」 「はい。」 「消えるSNSってなにが良いんや。」 「SNSサーバー上の痕跡を消すので、秘匿性の高い情報をやり取りするには便利です。たとえばビジネスのやり取りをするとか、いかがわしいことをやりとりするとか…。とにかくSNS上の情報が一定の時間経過後忽然と姿を消すんですから、けっこう過激な内容があります。」 「ふうん。」 「今回のこの動画が拡散したSNSの問題は、その消える機能が実装されていないにもかかわらず、何らかの原因でコメントが消え去ったって点です。」 「そうやな。」 「…

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第38話

3-38.mp3 相馬は石川大学病院の外来窓口にあるソファに座って本を開いていた。 「東一病院時代の光定の机の中には人間の目の写真がぎっしり。鍋島の特殊能力発動条件はやつの眼力。曽我の裏方として鍋島の特殊能力の分析をしとった光定はどうやらそれには気がついとったみたいやな。」 「しかもその写真には気分が高揚するなどの妙な力があった。光定は鍋島能力の再現を図っているのかも。」 「もしもその鍋島能力の再現がすでにできとって、その精度を上げる段階に入っとるとしたら、あいつが山県と直接接触するのはなにかの意味があることなんかもしれん。」 「とは言え、そんなことを理由にいきなり光定周辺にガサ入れってのも無理ですし。」 「そうそう。特高からケントクに相馬捜査官レンタルの書類が正式に届いたみたいやし、おまえ光定調べてくれんけ。」 「え?」 「あれ?聞いてない?」 「はい。ケントクの課長には班長から話し通しておくってだけで…。」 「あらそう。ワシはケントクの課長から直々に言われたけどな。」 「なにを?」 「相馬捜査官と極秘裏に捜査を進めよってな。」 「118番の番号札をお持ちの方、診察室へお入りください。」 呼び出された患者がゆっくりと立ち上がった。 それ誘導するように患者に付き従う一人の看護師がいる。 「とにかく光定に近い奴をこっち側に引っ張り込む。それが一番手っ取り早い。」 「って言っても、自分には光定周辺の情報がありません。」 「それはこっちで準備した。…

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第37話

3-37.mp3 「昨日午後9時頃、新宿駅近くの混み合う路上で男が突然刃物をもって、無差別に通りの人たちに切りかかりました。警察の発表によるとけが人は6名。内3名が重症ですが、幸い3名とも命に別状はない状態のようです。当時の事件現場は通行人でごった返す場所でしたが、偶然別件で警戒にあたっていた警察官がその場に居合わせたため、速やかに容疑者の逮捕となりました。現在容疑者の男は警察で取調べ中ですが、男は逮捕直後から日本をぶっ壊せなどと意味不明なことを呟いており、警察では精神鑑定を含む慎重な捜査を行っていく予定です。」 「ぶっ壊せ…ぶっ殺せ…。」 不意に椎名の口から言葉が出てしまった。 「この車の中だけさ。気が許せる場所は…。」 スマートフォンの上部に目をやると時刻は7時10分だった。 「はぁ…あと40分で会社。ほんとこの8時間って拘束はなんとかなんねぇかな。1日24時間。内3分の1は労働。6時間は睡眠。残り10時間だ。通勤で往復2時間。すると8時間。8時間しか自由になる時間ねぇのかよ…。あいかわらず(゚⊿゚)ツマンネシステムさ。」 車は信号で止まった。 「どいつもこいつも死んだ魚みたいな目ぇして運転してやがる。憂鬱なんだろうな。いや、退屈なだけかもしれない。日常が退屈すぎて、憂鬱な気持ちになってんのかも。」 ポツポツと雨がフロントガラスに落ちてきた。 「憂鬱な月曜、それに拍車をかける雨。ご心配なく。その気分吹っ飛ばせてやるよ。きっと生きている…

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第36話

3-36.mp3 月曜早朝。 報道フロアにはデスクに突っ伏して仮眠を取るスタッフたちの姿があった。 週末に起こった東京の東倉病院での化学テロ、池袋での車両暴走、都内繁華街での無差別傷害事件、ウ・ダバによるものと思われる池袋事件の犯行声明。どれもが社会的に大きな影響を与える事件であるため、東京の話題でありながらも石川のネットメディアであるちゃんねるフリーダムも特番を組んでそれを伝えた。 自由かつ明敏な分析の上に、過激な発言も厭わない論客が、当意即妙の発言を展開する。 これがちゃんフリの魅力でもある。 魅力的な発言をする論客は得てして個性的であり、その手綱さばきには相応の負担を強いられる。 時として単なるワガママとしてしか受け止められない無理な要求を番組に求めてくることもある。 彼らはその対応翻弄されながらも、立て続けに舞い込んでくる重大ニュースの交通整理に心血を注いで当たった。 ニュースの波がひとまず収まったちゃんフリの報道フロアは、戦場におとずれた束の間の休息といった空気が漂っていた。 コーヒーを啜る音 「あ、デスク。おはようございます。」 「あーおはよ。」 三波がフロア内に静かに入ってきた。 「随分早いじゃん。キャップ。」 「まぁ、一応現場が気になって。」 「…見ての通りさ、みんな死んだように寝てる。」 「帰る気力もないって感じですか。」 「そうだね。」 「デスクもですか。」 「まぁね。」 「まさか完徹…。」 「流石にそんな…

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第35話

3-35.mp3 「ムツ番から指揮所。」 「はい指揮所。」 「取り押さえた男が妙なことを口走っています。」 「指揮所からムツ番。妙なこととは具体的にどういうことか どうぞ。」 「えーファッキンジャップをぶっ壊せ ぶっ潰せ ぶっ殺せと言っています。」  33 「ふぅ…。」 咥えていたタバコを備え付けの灰皿に押し付けて、その火を消した。 「誰のものかわからないこちらを見つめる両目の映像。画面の天地にfuckin jap destroy jap。金沢の犀川河川敷のテロデマ騒ぎの映像の内容を思い起こさせるね。これ。」 百目鬼は大型スーパーの立体駐車場に止めた車の中で、アイドリングをしたままイヤホンから流れてくる音声を聞いていた。 「いまさらあのテロデマ映像の影響で犯行が…?いや…そんな馬鹿なことがあるもんか…。」 金沢犀川のテロデマ事件が発生して、ずいぶんと日が経っている。もうすでにあの事件自体、過去のこととなりつつあるのに、いまさらあのサブリミナル映像の影響が出たとは考えにくい。 「あり得ん。」 「可能性は限りなく排除する。業務の一環です。」20 「可能性は限りなく排除…。」 そうつぶやいた彼は目を瞑った。 「もしも…もしもだ。あのサブリミナル映像が、いまの刃物振り回し野郎を作り出したとしたら、あの映像を、あの金沢の映像を何度も何度も見て、メッセージを刷り込まれ、犯行に及んだ…。」 「…あり得ん。あれはそんなに惹きつけられ…

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第34話

3-34.mp3 「どうしたんだよ。こんな遅くに。しかも週末だぜ。」 カウンターの隣に男の気配を感じて安井はそれとなく話した。 「こっちはこっちで大変さ。東倉病院のやつとか池袋のやつとか…。もうシッチャカメッチャカだわ。」 「それ全部あなたが抱え込んでるんですか。」 「下に振ってるけど、結局最後は俺の方で確認しないといけない。」 「確認ね…。」 「安井さんは本業の方頑張ってください。」 「うん?」 「忙しくなりますよ。」 「え?なに?…もうすでに忙しいんだけど。」 「金にならない忙しさ。」  15 「ったく…本当に金にならねぇよ。あいつが言ったとおりだ。」 「まぁまぁ…その分こっちはあなたに支払ってますよ。」 隣の男はカウンターテーブルにカードを置いた。 安井はそれをさり気なくポケットにしまった。 「10万チャージしてあります。好きに使ってください。」 「助かるよ。大川さん。」 「金があれば人生の大半の問題は解決できます。」 「あぁ…。」 「でも問題の大半ですから。」 「…。」 「本当に金で解決しない問題もありますからね。」 「…わかってる。」 続いて大川は小さな封筒をテーブルに置いた。 「これは?」 「次はこいつを流し込んでください。」 「待てよ。この間から椎名からもらったデータ挟み込んでるが。」 「あれはあれ。」 「…どうすんだ。あんたら。」 「それは聞かないことになってるでしょ。」 「れ…

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第33話

3-33.mp3 都内某所。 ある喫茶店の中をハンティングスコープで覗き込む者がいた。 「しっかしヤドルチェンコの奴、ひとりでこんな夜に誰に会うでもなく、携帯使って何やってるんでしょうかね。」 「しかも喫茶店。わかんねぇわ。俺だったら家で引きこもってるか、せめて居酒屋だけどな。」 「あ、動いた。…会計している。…ん?…あれ?何か渡した?」 「なに?」 「現金を払うときに店員になにか渡したように見えました。」 「店員の動き追ってくれ。」 「はい。」 「指揮所からフタ番。」 「こちらフタ番。」 「対象が店から出たら入れ違いで入店し、店員の持ち物を改めてくれ。対象からなにか小さなものを手渡された可能性がある。」 「了解。」 「店から出ます。」 背広姿の男二人が店から出てきた白人男性とすれ違うように入店した。 ドアがカランカランと鳴る 「いらっしゃいませ。」 「警察です。」 対応の店員の目の前に警察手帳が見せられる。 「公安特課です。あなたの持ち物を改めさせてもらいます。」 「え?公安特課?」 「お店に迷惑はかけません。すぐに終わります。」 「いま、ここでですか?」 「はい。ポケットの中見せてもらいますか。」 「…。」 「もしもあなたが我々の依頼を拒否されるようでしたら、お店の責任者の方に事情を説明して、ご協力を仰ぎます。」 「ま、待って…。」 店員はポケットからUSBメモリを取り出してみせた。 「それだけですか…

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第32話

3-32.mp3 「え?記憶が戻ってきている?」 「うん断片的に。」 「どの程度戻ってるの。」 「駅のコインロッカーとか、病院の売店とか、病室に届けたとかは思い出してる。」 「核心部分は思い出せていないってわけだね。」 「うん。」 「ちょっと待って。すぐに戻る。」 こう書いてクイーンと名乗る人物はチャットルームから退出した。 「ふぅ。」 ネットカフェの一室に空閑は居た。 1畳程度のスペースに安物の机と椅子が置かれ、そこにハイスペックのパソコンが設置されている。 調度品とパソコンのスペックのアンバランスさがなんとも言えない空間だが、実用性を追求すればこれもひとつの正解だろう。 紙コップに入った温かいコーヒーを口に含んで、空閑はブラウザのタブ機能を使って最新のニュースをチェックした。 トップは「高齢者運転車両事故はウ・ダバの犯行か?」との見出しだった。 「ウ・ダバとツヴァイスタンは密接な関係がある。東倉病院の事件と池袋の事件は同時多発テロの可能性もある…。」 空閑の口角が上がった。 ーふっ…。よくそんな憶測で記事になんかできるな。この国の人間はいつからこんなに阿呆になったんだ。 ニュース一覧の画面に戻り、彼はその他のニュースを流し読みした。 ーあ…。 ある記事を前に彼はその手を止めた。  空閑はチャット画面に戻った。 クイーンからの書き込みがあった。 「ひょっとしたら術の耐性ができてきたのかもしれない…

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第31話

3-31.mp3 金沢市郊外のとあるスーパーマーケット。 惣菜コーナーでは割引のシールが貼られ出し、どこからともなく客が吸い寄せられていた。 ーお、こいつはいい。 嬉々とした表情で3割引きのシールが貼られた握り寿司の詰め合わせに手を伸ばした。 しかしそれはタッチの差で30前後の金髪頭の女性にかすめ取られた。 ーたまの贅沢やと思ったんやけどなぁ…。 軽く息をついて彼は周囲を見回す。 ー揚げもんばっか…。見とるだけで胃がムカムカしてくる。 彼の目に「焼き鮭弁当」の文字が飛び込んできた。 ーまたこれか…。 店を出て車に乗り込むと、彼はタブレットのスリープを解除した。 画面には立憲自由クラブに関する話題のタイムラインが表示されている。 リアルタイムにSNSでの発言がそこに流れていた。 彼はそのタブレットを車載ホルダーに装着し、そのまま車を発進させた。 「いい加減ガキみたいなことやめろよ…クソ国家が…。」 「絶対に許さねぇ…。」 ホルダーに固定されているタブレットには、ツヴァイスタン排撃のコメントが充満していた。 「あれ…結構ボルテージ上がっとるがいや。」 ひとたび火がつけば、その拡散のスピードたるや想像を絶するものだが、反面冷めやすいのがSNSの特徴。 東倉病院の事件については犯行声明がまだ出されていない。 ネット上ではツヴァイスタンの犯行だとの意見が大半を占めているが、それは憶測の域を脱しない。 治安当局は捜…

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第30話

3-30.mp3 「ウ・ダバが声明…。」 「はい。この間の池袋で信号待ちの群衆に高齢者が運転する車が突っ込んだ件で声明を出しました。」 「具体的な内容は。」 「勇気ある行動があった。彼は日本という国家の至らぬところを憂い行動した。今後も続くだろう。我々は行動するだけだ。彼の勇気を讃えよう同志よ。」 「…抽象的だな。」 「はい。」 「またあれか。合成映像みたいなやつでか。」 「はい。」 「東倉病院のやつはまだ出てないのか、犯行声明。」 「ええ、そうなんです。」 「…わかった。下がってくれ。」 「はい。」 空席になっている公安特課課長の席を見つめて、百目鬼は腕を組んだ。 ーどうして東倉病院のやつには触れない…。 ー実験から行動に移すといえばむしろこの化学テロだろうに、どうしてウ・ダバはこの件には言及しない…。 ー以前起こった北陸新幹線内の人糞散布は化学テロの予行演習だ…。それを実際実行に移したのが今回の東倉病院の事件だろうが…。 電話が鳴り、それを取る 「はい。百目鬼です。」 「また起こったぞ。」 「はい…。」 「今度は交差点に来るまで突っ込んで無差別殺人。どうなってるんだマルトクは。」 「申し訳ございません。」 「国民から予算泥棒だと非難の声が上がっている。」 「承知しております。」 「それにマルトクトップがいまだ拘束中と来たもんだ。」 「はい。」 「百目鬼。お前、松永の代わりに課長をやらないか。」 「は?」 「課長補佐か…

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第29話

3-29.mp3 カウンター席に置かれたメニューを開くと、この店のイチオシは自家製麺のつけ麺のようだった。 椎名はそれを指さしてオーダーした。 「大中小のサイズ選べますが。」 「え?」 「サイズの指定がなければ中になります。ちなみに中は二玉です。」 「え、そんなに。」 「どのサイズも同じ値段なんで、皆さん普通は大を選びます。」 「大ってどんだけあるんですか。」 「三玉です。」 ふと先客の様子を見るとこんもりと盛られたつけ麺を一心不乱に食べているではないか。あれが大サイズのつけ麺か。 はたして自分にあれと同じものが食べられるだろうか。 「どうされます?」 「じゃあ…大で。」 「大ですね。ありがとうございます。」 店員はつけ麺大を厨房に叫んだ。 ー普通は三玉って…どんだけ食えばこいつら気が済むんだよ…。 「すいません。」 横に座ってきた男がメニューも見ずに店員を呼んだ。 「つけ麺大で。」 「つけ麺大ですね。」 「はい。」 備え付けのグラスに水を注ぎ、彼は携帯を触りだした。 「ここ良く来るのか。」 「まあな。」 「三玉デフォってどういうことだよ。」 「こういうもんなんだよつけ麺って。」 「考えられない。」 「って言っておきながら、大頼んだんだろ。」 「…。」 「まぁこいつは食事っていうかドラッグみたいなもんだ。」 「ドラッグ…。」 「よく噛んで食べるとか忘れて、ひたすらのどごしを楽しむ。それがつけ…

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第28話

3-28.mp3 週末になると金沢の市街地は急に人口密度が高くなる。 それも北陸新幹線の開通が劇的な観光客の増加をもたらしたためだ。 史跡名勝、文化施設には見たこともないほどの人たちが集う。 金沢の中心部にある現代美術館もそのひとつ。 開館当初からこの施設の客の入りは多かった。しかし新幹線開業を受けてその数はさらに多くなった。 週末となれば入場のために列を作るのはあたりまえだ。 椎名はこの観光客であふれかえる場所にある、ウサギの耳のような形をした椅子に腰を掛けていた。 「金沢に来る?」 「うん。」 「急にどうしたんだよ。」 「疲れてしまったんだ…。」 「あれかい…。」 「わかんない。なんだか頭痛がひどくってさ。ときどき割れるみたいに痛むんだ。」 「やっぱりじゃん。バイトの掛け持ちが祟ったんじゃないの。」 「そうかもしれない。」 「でも、こっちに来てどうすんのさ。」 「別にどうもしないさ。親父の実家のあたり見てみたくなっただけ。」 「え、おまえの親父って金沢の生まれだったの?」 「あれお前には言ってなかったっけ。」 「うん初耳。」 「一応親戚も金沢にいるんだけど、ほら俺フリーターじゃん。そんな身分でぶらっとそこ尋ねていくのも、ちょっと厳しいだろ。」 「あ…うん。」 「だからちょっとお前に頼ってみようかなってさ。」 ーまずいな…。都内の実働員がひとり欠ける…。 「なぁだめか。」 「…あ、いや、別に。」 「そっか。助かる。」 …

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第27話

3-27.mp3 「実験ですか…。」 「おう。」 「まぁ確かにそんなこと言ってますが、文脈から言って何ら不審な点はありませんけど…。それに実験って言葉はどこでも使用されますよ。」 「うん。」 「自分は曽我に対してはむしろ医師にしては珍しく正直で謙虚だって印象です。古田さんはちょっとその実験ってワードに神経質になっとるんじゃないですか。」 古田はタバコを咥えた。 「そうなんかもしれん。けどな。」 「けど?」 「そのどっか引っかかるっちゅう、妙な感覚がワシを動かせ、ひょんなもんにぶち当たることがある。」 「え…。」 「相馬。おまえ曽我のこと正直で謙虚っちゅうたな。」 「はい。」 「謙虚でもなんでもない。」 「はぁ。」 「曽我はなんにもわかっとらんがや。」 「何もわかっていない?」 「ああ。」 古田は1枚の写真を相馬に見せる。 「誰ですかこれ。」 「光定公信。」 「光定公信?」 「いま現在の山県の主治医。つい最近、山県の主治医が曽我からこの男に変わった。」 「この男がなにか。」 「結論から言うといままでの山県の対応は曽我ではなくこの光定が実質的にやっとったっちゅうことや。」 「え?」 「これ。」 そう言うと古田はさらに一枚の写真を見せた。 「これは?」 「天宮石川大学医学部名誉教授。曽我の上司であり光定の恩師。」 「この老人がどういった…。」 「天宮憲之(のりゆき)。東京第一大学出身の神経内科の専門。助教としてあの…

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第26話

3-26.mp3 2015年。 鍋島事件から約1年がたったGW。 病院敷地内の人の姿はまばらだ。 石川大学病院の職員通用口から男が出てきた。 身長は170センチ程度。年齢は50代なかば程度と思われる銀縁ネガネをかけた男だ。 眉間にシワを寄せどこか神経質そうな表情の彼は携帯電話を触りながら駐車場へ進む。 リモコンで車のロックを解錠すると、近くの外国車のハザードランプが明滅した。 車の横に立った彼は手にしていたリュックを後部座席に投げ入れ、運転席に乗り込んだ。 ドアをノックする音 運転席を覗き込むように立っている老人がそこに居たため、彼はぎょっとした。 「あぁ…驚かしてしまってすんません。」 パワーウィンドウが開く 「何なんですか。あんた。」 「お忙しいところすいません。わたくしこういうもんでして。」 老人は警察手帳を彼に見せた。 「曽我遼平さんですね。わたくし県警本部の藤木と申します。ちょっとお話を伺いたいのですが。」 「いまですか?」 「はい。」 「…忙しいんですよ私。」 「いまからご帰宅なのに?」 「え?」 「え、だってGWの真っ只中ですよ今は。普通病院はお休み。ほんなんに曽我さん。あなたは出勤や。なんかわからんけど仕事が溜まっとってんろう。あなたはそれをようやく片付けた。だからここを出れる。そうでしょ。」 「まぁ…。」 「やっと羽を伸ばせる。これから4連休。ゆっくり休んでください。そんなお楽しみの前、最後の最後でち…

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第25話

3-25.mp3 「班長。いまどちらですか。」 「ちょっと頭ん中整理すっために外に居る。」 「お戻りは。」 「やわら戻る。何かあったか。」 「石川から報告です。」 「何や。」 「椎名のところの監視カメラと盗聴マイクをアップデートして早速変化が見られたと。」 「おう。」 「立憲自由クラブの「安全保障予算を実効性のあるものに」ってスレッドを読んでこう言ったそうです。」 「立憲自由クラブ?…ちょっと待て。」 携帯を取り出した彼はそこに該当のウエブサイトを表示させた。 「うわ…字だらけや…。ちょ俺いま無理やわこれ読むの。」 「記事自体は別に何でもありません。ざっくりいうと今回のテロ事件にツヴァイスタンが関わっていて、防げなかったマルトクは無能。それに反して自衛隊は素晴らしい的な。」 「はぁ…右からも叩かれとるんか…。俺ら。」 「まぁ…。」 「で、椎名はなんて。」 「ふざけんな。いい加減ガキみたいなことやめろ。クソ国家。です。」 「…あ?文脈がよくわからん。」 「今回の犯行にツヴァイスタンが何らかの形で関わっているのではとの論調に、彼のあの国に対する積年の恨みを吐露したと言ったところでしょうか。」 「あぁそういうことか…。」 「あれ、班長あんまりですか?」 「え?」 「え、だって珍しいじゃないですか椎名がツヴァイスタンに反応するの。しかもこんなに露骨に。」 「そうやな。」 「ヤツなりになにかの感情が揺さぶられている証拠です。」 「紀伊。」 「…

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第24話

3-24.mp3 「予約した椎名です。」 こう言って椎名はボストークの店主である髭面の男にメモ用紙の切れ端を手渡した。 「急げ。」 店主は黙ってうなずき、それをポケットの中にしまった。 「お連れ様は先に奥の席にいます。」 「もう?」 「はい。10分ほど前に。」 店の奥を見るとショートカットの女性がうつむき加減で座っていた。 「寝てます。」 「寝てる?」 「ええ。ほら。」 座ったまま体を時折前後する船を漕ぐ状態である。 「片倉さん。片倉さん。」 近づいて名前を呼ぶも返事がない。 「困ったな…。」 相手が男なら肩をさすったり、叩いてみたりして物理的接触で起こすことはできるだろう。 しかし目の前の人間は女性だ。しかもこの間仕事で初めて会った程度の付き合いの女性。触れて起こそうものなら、下手をするとセクハラ事案に発展しかねない。 ふと椎名は足元に目をやった。 彼女はスニーカーを履いていた。 ーちょいとゴメンよ。 椎名は彼女のつま先を強めに蹴った。 「うあ?」 「片倉さん。」 頭を上げた彼女は寝ぼけなまこだった。 「椎名です。」 「あ?」 店の照明の影響か彼女の頬はなにやら光っている。 椎名は目を細めてその部位を凝視した。 「片倉さん…よだれ…。」 「へ?」 「よだれ垂れてます…。」 「え?」 素手で自分の頬を拭うと何かを悟ったのか、彼女は顔を赤らめた。 そ…

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第23話

3-23.mp3 土曜あさ。 ベッドから身を起こした椎名はいつものようにシャワーを浴びていた。 ー今日は京子と接触。 ーナイトのフォローもしないと…。 ーそれにしてもどうしたもんか…。公安のやつ俺の部屋になにをした…。 ー迂闊に動けないぞ…。 ールーク。早くしろ…。 シャワーを終えて体を拭き、彼は携帯を手にした。 画面には1件のメッセージ表示があった。 壁を背にした相馬はそれを開いた。 「けゆれへえうそておくか めおさへとおせおくぬよぬをわ みらでへかごさね」 ー暗号…。 冷蔵庫の中を一旦確認する動きをして、彼はそのままジャージ姿で部屋を出た。 時刻は午前6時。 4月早朝の空気は体を引き締める。 彼は身をかがめながら歩みを進める。 徒歩で5分のところにコンビニエンスストアがある。 その中のトイレに入ると椎名は携帯を取り出した。 先程の暗号文に続いて写真が送られてきていた。 メモ用のような紙に数字で「3」とだけ書かれていた。 ーシーザーか…。 椎名は先程のひらがな文字を携帯のメモ帳に貼り付ける。 続いてその文字の下に五十音の3つ前の文字を考えながら打ち始めた。 けゆれへえうそておくか かめらはあんしたいおう めおさへとおせおくぬよぬをわ まいくはちいさいおともとれる みらでへかごさね へやではうごくな 「カメラは暗視対応。マイクは小さい音も録れる。部屋では動くな。」 彼は即座にそ…

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第22話

3-22.mp3 電気がつけられると畳敷きの部屋の様子が明らかになった。 「ここはワシの頭ん中。」 「頭の中…。」 「アナログやけど、ワシはパソコンとかよりもこのほうがしっくり来る。」 足の踏み場もないほど紙の資料がある。 かと言って散らかってはいるわけではない。資料が整然とうず高く積まれ、この六条間に天井に向かって何本かの柱が立っているようにも見えた。 「ここは大声ださんときゃ大丈夫。誰も聞き耳立てとらん。ここで話すことはワシとあんただけの秘密や。」 「でも…古田さん。いくら顧問捜査官っていっても捜査情報の外部持ち出しはコンプラ的にまずいですよ。」 「はっ…片倉のやつも昔おんなじこと言っとったわ。」 「いやまずいです。」 「あのなこれはワシの趣味。」 「趣味?」 「おう。ワシが個人的に興味があって調べたいろんなネタ。公文書でも何でもない。」 「でも警察という立場だからこそ知り得た情報でしょう。」 「まぁね。」 相馬は手近なところのペラ紙を手にした。 A4サイズのコピー用紙にびっしりとメモが書かれている。 目がチカチカするほどだ。 「ワシにしかどこにどんなネタが有るかわからんようになっとる。おまえさんが手にしたその紙は30年前のある背任事件に関するメモ。それだけ見てもなにがどうなっとるかわからんやろ。」 「…はい。」 「まぁその最近よく聞くコンプラとかってもんは放っておいて、本題に入ろうか。こうやって時間を過ごす間にまたなんかやばい…

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