113 第101話



目を開くと白い天井が見える。
ここはどこだ。自分の家の部屋ではないことは明らかだ。
彼はとっさに身を起こす。

「痛っ…。」

右側頭部にズキンとした痛みを覚え、彼はゆっくりと体を倒した。

「すいません…。頭が割れそうなんで救急車、お願いできませんか…。」100

「そっか…俺、救急車呼んだんだった…。病院か…ここ…。」

目を瞑り眠りにつこうとした。

「はっ!」

飛び起きた彼はベッド右側にあるカーテンを開いた。
眼下には山側環状線が見える。
瞬間、三波の背筋が寒くなった。

「とにかく、石大に近づくのはやめろ。」89

「ここ、石大だ…。」

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数時間前
北陸新幹線内

彼はネットで光定公信に関する情報を情報を漁っていた。
かれこれ一時間。
彼の表情は冴えなかった。

「なぜだ…。」

光定に関連するキーワードを片っ端から検索をかけた。
東京第一大学 医学部 曽我 小早川 天宮 瞬間催眠 MKウルトラ 石大病院 心療内科 論文 学会など思いつくものを手当り次第当たった。
しかしなんの収穫もない。

「研究論文もヒットしないし、交友関係らしきものも見えない。曽我、小早川、天宮それらの人間を調べても光定のみの字もヒットしない。なんだこれ…。」

ふと窓の方を見るとトンネルの中を走っている。自分の姿がそこに映し出されていた。

「こんな時代にネットに存在の痕跡すらないなんて、むしろ不自然だよ。」

窓に映る自分の顔には疲労がにじみ出ていた。
しばし休息を取ろう。
そう思ったときのことだ。彼は視線を感じた。
自分と対局にあるもう一方の窓側席に座る女性が時折こちらを窓越しに見ているようだった。

「そっか…こうやってひっそりと様子を見る立場ってのに徹するって事もあるか…だったら表の世界で検索かけても何もヒットしないよな。」

彼は再びパソコンと向き合った。
そして巨大掲示板サイトを開き、まずは東京第一大学の医学部に関するネタを当たる。
すると以下の書き込みを発見した。

382 名無しさん
東一のヒカリはマジでヤバい

388 名無しさん
>>382
ヒカリって何よ

389 名無しさん
>>388
○定

401 名無しさん
>>389 どうヤバい?

403 名無しさん
>>401
意味不明な目の写真を机に大量溜め込み
極度のコミュ障

404 名無しさん
>>403
工作乙

410
>>404
ほらどう見てもやばい奴なのに、こうやってすぐ火消しが湧く

411
>>410
Fランの僻みは別の場所でお願いします

ーこのヒカリ…。光定のことだ。

三波はヒカリという単語でもって再度、さまざまな検索をかける。
すると今度は東一医学部ではない、全く別のスレッドで今と似たようなことを告発する書き込みがヒットした。

ー光定に粘着している奴がいるってこと?
ー掲示板だし、そういうこともあるか…。
ーでも表の世界じゃ光定の存在感は全く無い…。

「あれ?」

検索結果に何故かSNS板の2013年の過去ログがあった。

「コミュ?…え?」

今から7年前のログだ。コミュは6年前の鍋島事件によりその主催者である下間悠里が逮捕。結果コミュは実質的に解散状態になり存在は忘れさられている。事実、三波もこの検索結果をみてコミュという存在があったことを思い出したほどだ。
スレッドを読みすすめると「ヒカリ」という単語が確認できた。

533 名無しさん
ヒカリってばちくそ頭いくない?

534 名無しさん
誰それ

535 名無しさん
医者らしいよ

536 名無しさん
>>533>>535
コミュ障だけどいい人

ーえ?これマジで光定じゃないの?

もしもこのヒカリと呼ばれている人物が三波の推測通り、光定のことを指しているとすると、6年前の当時からすでにコミュの活動が金沢だけではなく、東京の方でも行われていた可能性がある。なぜなら光定は昨年この金沢にやってきたのだから。

ー新幹線も開通していない7年前に、わざわざ金沢の小さいサークル活動に参加するなんてちょっと考えにくいしな…。

6年前、曲がりなりにも自分はコミュの特集を放送している。
しかも岩崎こと下間麗への直接インタビューは生中継だ。
そこいらの人間よりはコミュについては詳しい。しかし彼らが活動の範囲を東京まで広げていたことを、三波はこのとき初めて知った。

ーコミュ…ね…。

彼は当時スクラップしたコミュに関する記事にざっと目を通す。
6年前の状況がつい昨日のことのように思い出された。

コミュは仁川征爾こと下間悠里が運営していたSNSサークル。自分の悩みを相談すると同時に他人の意見を聴くスキルを磨く場所でもあった。
なぜコミュでは他人の意見を聴く力を磨いたのか。
他人の意見を受け入れるということは、相手に一定の理解を示すということ。
全く受け入れられないものでも形式的に受け入れるとしよう。すると相手は理解してくれている気になり、徐々に心を開きいろいろを話してくる。
ここで自分は相手の良き理解者になっていることに気がつく。はじめは客観的にこの自分の立ち位置を評価しているが、次第に相手の考えによって包み込まれ、自分の考えは二の次になる。なぜならこのときすでに、自分は良き理解者にならねばならないと思い込んでしまっているからだ。こうなれば主体性というものはどこかに置き去りにされる。
究極的には相手に自分の考えを委ねてしまうのだ。

この思考プロセスを巧みに利用したのがコミュだった。
悠里は委員長と崇められ、コミュ内ではカリスマとして君臨する。
彼は目ぼしい人材を運営側へと引き抜き、テロ組織の幹部として彼らを教育。
結果、石電ウェブサイトへのDOS攻撃を実行、金沢の繁華街で自爆テロは未遂に終わった。

ーお悩み相談を入り口に仲良しグループをつくるサークルと思いきや、テロリスト養成場。コミュはそのための洗脳の場だった…。
ーそういやそのコミュ参加者のその後の足取りって追ってなかったな。

こう心のなかでつぶやいた三波は鍋島事件後のコミュについて調べだした。
そして20分ほどして彼は確信をする。

ーこいつは今も十分活動してる…。

あんな大きな騒ぎを起こした団体だ。表立って活動なぞできるはずもない。
しかしその当時の運営側であった連中の一部が今でも繋がりを持ち、何らかの活動をしていることがわかった。
ある連中はボランティア団体を設立し、活動の中で聴く力の尊さを同時に普及している。
またあるものはカフェを作って、そこでカルチャースクールを開き、聴く力を養成。
あるものは学習塾での講義を通して、その生徒にコミュでのノウハウを教え込んでいるらしい。

悠里が運営責任だった当時は、彼が主体となり、その神経組織として幹部がいた。その他参加者は彼らの駒として自らの意思を持たずただ動く。まさに共産主義、全体主義的組織としてコミュはあった。

しかし悠里なき今、コミュは個がそれぞれの意思でもって活動するゲリラ展開をしているようだ。

ーにしてもこいつら、どうやって活動のネットワークを構築してるんだ…。
ーいや待て…。たしかコミュは自前のSNSアプリを介して当時から連絡を取り合っていたとか聞いたことがあるぞ。
ーもしもそのアプリが今も有効ならそれも可能か…。

光定がコミュの参加者であり、もしも今もそれに関わっているとするなら。
そう考えた彼の背筋に冷たいものが流れたのを思い出した。

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扉が開かれる
スリッパの音
カーテン開ける

「あ、元気そうですね。」

ベッドに腰をかける三波を顔を見下ろす彼は無表情だった。
三波はすかさず白衣姿の彼の胸元を見た。
彼の名前は光定公信だった。


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